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皆様のご無事、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
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今回のいい町は・・・
京料理さつき~空間を楽しむ~です♪


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路地を進むと京都らしい雰囲気で料理を頂ける
お店があります



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食事とともに味わうのは、部屋の飾りと
借景の美です



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町の風景も飾りの一つなのです


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枝垂れ桜にかがり火の掛け軸で季節
演出し

 
 
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鴨川に納涼ができて、から初夏へと
舞台は変わっていきます



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変わるものもあれば、変わらないものもあります



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建てられた当時のガラス戸にはさりげない曲線や、
温もりがありました
 
「もうこのようなガラスを作る人がいませんから、
気を付けながら磨いています」
と仲居さんのお話
 
そして、この脇役のガラス戸は・・・



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鴨川とお座敷の境目で最高の演出を
してくれていましたよ
 
木屋町の京料理さつきで、また一つ、
京都の良さを教えてもらいました

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今回のいい町は・・・
菅原邸跡の天満宮です♪


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平安時代、宇多天皇の厚い信任を受けて政治の
中心で活躍した菅原道真
その邸宅は、御所に面した烏丸通りにありました



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邸宅の庭には、梅の花が咲き誇っていたそうです
「美しや 紅の色なる梅の花 あこが顔にもつけたくぞある」
菅原道真が幼少の頃から愛でた梅の木・・・
 


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九州・大宰府へ左遷された時には、
「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花  主なしとて春を忘るな」
と詠んで離別を悲しみました



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京都に残った梅の木でしたが、遠く辺境の地で
悲しむ菅原道真を想い、一夜にして主の元に
飛んで行ったそうです
 
※その梅は、千年の時が過ぎた今でも
大宰府天満宮で花を咲かせています



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現在、菅原邸跡は菅原院天満宮と米国聖公会が
設立した平安女学院となっています



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学問の神様の生まれ故郷が学び場となって
天神様(菅原道真)も喜んでいるでしょうね



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菅原院天満宮には産湯につかった井戸が残っています

 
 
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社殿は、修復工事中でした



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由緒のある天神社 菅原院天満宮
 
菅原道真や梅の木と、主役がいなくなり・・・



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今は、神使の牛が静かに境内を守護している
ようでした

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今回のいい町は・・・
都に遷った護王大明神です♪



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新緑の眩しい高雄・神護寺
ここに永眠していた和気清麻呂の元へ千年の年月を
経て昇進の話が持ち上がりました

 

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江戸時代末の話です。
孝明天皇より、神階の最高位正一位
「護王大明神」の神号が授けられました



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そして、高雄の山奥から
京都御所・蛤御門前へと栄転(遷座)となり
明治19年に護王神社が創建されました


 
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奈良時代後半に活躍した和気清麻呂



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僧・弓削道鏡の皇位継承問題では
可否の神託を授かりに九州・宇佐八幡
向かいました


 
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途中、弓削道鏡側の追っ手に襲われた時、
和気清麻呂を助けたのが、山中から現れた
300頭のイノシシでした
  
無事、宇佐八幡に辿り着き、神託によって
弓削道鏡は失脚となりました

 
 
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その事から、護王神社を守護する神使は
狛犬でなく「」となっています



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境内には猪コレクションの展示場もあります



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「猪のように足腰が丈夫でありますように」と、
足腰の守護神としても活躍しています
 
皆さん願掛けにきてますね

 

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平安京遷都に尽力した和気清麻呂は、
明治32年亥年に高額紙幣の顔になりました 
 
東京遷都廃仏毀釈と時代の大きな変化が
彼を再び表舞台に立たせたのでしょうね



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ただ護王神社が創建されたのは、皇室が東京へ
遷った後でした
 
今は京都御所の留守居役として、護王大明神は
蛤御門前に鎮座しています
 


神護寺の歴史はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/294/


宇佐八幡宮 神と仏のいた場所はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/295/

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今回のいい町は・・・
高山寺のお茶です♪

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栄西禅師が開いた建仁寺で、白くてかわいい
お茶の花を見つけました
 
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明恵上人は栄西禅師から苗木を譲り受け
栂尾に植えました
 
当時は、養生の薬として修行の手助けと
なるものでした

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栂尾の大地、空気、水で育てられたお茶を
いただけば、この自然も満喫できますね

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心と身体の養生が仏の道です

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が咲き

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新緑が映える栂尾

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栄西禅師から明恵上人へ、仏の心が伝えられ

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この地に明恵上人の教えは、今も息づいています
 

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今回のいい寺は・・・
京都 栂尾・高山寺です♪
 
 
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周山街道の高雄を過ぎると栂尾(とがのお)です。
 
ここに栂尾・高山寺があります
奈良時代に神護寺の末庵として開かれました。


 
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その後、鎌倉時代に復興したのが、華厳宗の僧、
明恵上人です。
 
枯淡な風貌と人柄に現在でもファンが多い方です



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明恵上人は、お釈迦さまに憧れ
「お釈迦さまの足跡を辿りに天竺へ渡りたい」
と、願いました



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西方から打ち寄せる波を見つめながら、お釈迦さま
の故郷
、遥か天竺へ想いを募らせたそうです
 
しかし、願いは叶いませんでした



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そして、その想いは明恵上人を修行へと
向かわせました
境内の山をお釈迦さまが教えを説いた楞伽山
と名付け

 

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栂尾を流れる清滝川をお釈迦さまが修行中に
沐浴した尼連禅河として



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栂尾の自然のなかで、坐禅三昧の日々を
過ごしました



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お釈迦さまに近づきたい



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その願いは、華厳宗の教えにとどまりません
でした。
 
中国から帰国した栄西禅師の元に禅宗の
教えを請いにも行きました

 
 
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都へと高雄の山中を何度も往復したそうです

栄西禅師は、明恵上人を後継者にと願い、自分が
亡き後は
栂尾の上人のいう通りに修行するように。」
と、弟子たちに言い残したそうです



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栂尾の楞伽山

清水の湧き出る境内の一番奥に金堂があります。



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お釈迦様を祀る金堂へ続く険しい道

ここは、明恵上人が修行をした場所です。

 

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石段をのぼると視界は開け、なんとなく、
悟りの世界のようですね
 
金堂から明恵上人の廟まではなだらかな
道でした




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天竺への思いを持ちながら、この世を去った
明恵上人
今は仏の世界に入って、お釈迦さまの近くに
みえるのでしょうね

 
  
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そんな歴史を感じる高山寺

坐禅三昧の修行をした境内

今日も明恵上人に会いたいと
栂尾を訪れる人は絶えません      

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