みんなみーんな☆平和を祈って過ごせたらいいですね♡そんな毎日を送りたい♪
今回のいい寺は・・・
天橋立の文殊堂です♪
天橋立の文殊堂です♪
天橋立には文殊菩薩を祀るお寺があります

天橋山智恩寺といいます。
まるで天橋立が境内かのように隣接しています

門前町で名物・智恵の餅を食べました

伊勢名物の赤福に似て一口サイズのお餅の
上にたっぷりのこし餡がのっていました
上にたっぷりのこし餡がのっていました

名前の通り食べて智恵がつけばいいけどっ

門前町の土産物屋さんで楽しんだ後は・・・
歴史を感じる立派な三門を潜ります
境内へと参道が真っ直ぐのびて文殊堂へ♪

境内へと参道が真っ直ぐのびて文殊堂へ♪
参道の獅子が両側からこちらを見ています

カラフルな色の衣で化粧をしたお地蔵さん

天橋立を訪れたら、みなさん文殊菩薩に
お参りしに訪れるようです。
お参りしに訪れるようです。
境内には香の煙が立ち込めていました。
堂内では、獅子・・・ではなくて猫ちゃんが
迎えてくれました
迎えてくれました

堂内に納められた絵馬

絵馬には
「三人寄れば文殊の智恵」と書いてあり、
獅子と文殊の真言が描かれています。
困った時、悩んだ時、
一人で考えるより皆で智恵を出し合えば
答えが見つかるかもしれませんよね~!!
これからは、科学の進歩の為だけでなく
自然と人間が共生していくために
智恵を出し合っていくことが大切だと思います

若狭湾には高速増殖炉・文殊もあります。
色々な問題から存続か廃止か問われています

会社、行政、市民の三者が智恵を出し合って
今回のいい寺は・・・
天橋立の昔話です♪
天橋立の昔話です♪
冬の日本海は目まぐるしく天候が変わります

晴れ間が見えたかと思うと一瞬にして吹雪
になったり
足湯の看板まで寒そう~~
になったり

足湯の看板まで寒そう~~

大昔、イザナギの命とイザナミの命が日本の島々を
造っていた頃・・・
造っていた頃・・・
あちらこちらで竜神が暴れまわっていたそうです

日本海のこの地でも荒海神なる竜神が大暴れ
していました。
していました。
冬の日本海の荒波が竜神の姿そのものだったの
かも

かも


暴れる荒海の神を説き伏せるため神々の頼みにより
文殊菩薩が現れました

文殊菩薩は竜神の為に約千年の間、説法を
行ったそうです。
その間に多くの竜神が集まりました。
教えにより竜神は仏法を信じて人々を守る神に
なることを誓ったそうです
なることを誓ったそうです

暴れまわった竜神が改心したので文殊菩薩は
天の神々を大地に招きました
天の神々を大地に招きました

その時、文殊菩薩の如意につかまって
神は天から降りたそうです。
(梯子で降りてきたという話もありますが!)
(梯子で降りてきたという話もありますが!)
その後、文殊菩薩が海に如意を浮かべ、竜神が
土をもって天橋立を造りました
土をもって天橋立を造りました

そして天女が天橋立に松を植えたそうです

沖の方から眺めてみると・・・
天橋立が自然の防波堤と防風林に見えます

文殊菩薩のお陰で改心した竜神が天橋立を
造ったという話・・・うなずけますね
造ったという話・・・うなずけますね

荒れる日本海は私たちを悩ますだけでなく
豊かな海の幸が沢山あります♪
冬の日本海といえば蟹ですね~~~!!
冬の日本海といえば蟹ですね~~~!!
中国から現れた文殊菩薩は近くの智恩寺の
御堂に祀られています
御堂に祀られています

門前町も賑やかそうです

名物・智恵の餅を食べて

この智恩寺・文殊堂に行ってみます

今回のいい寺は・・・天橋立の自然です♪
日本三景の一つ天橋立へ行ってきました

京都駅から特急はしだてに乗って2時間

雪の降る冬の天橋立駅に着きます



JR駅側から見た天橋立「飛竜観」の景色です。
対岸から見た景色を「一字観」といいます。
その他に雪舟が描いた風景が見える
「雪舟観」があります。
場所によって違う景色に見えますが
傘松公園から股のぞきで見る
「一字観」が有名だそうです

昔、この長く伸びた天橋立は天と地を結ぶ
梯子だったそうです。
梯子だったそうです。
イザナギの命が天浮橋と名付けて掛けた
梯子でした。
梯子でした。
その梯子が倒れてしまい天橋立となった
そうです。
そうです。
天と地を結ぶ梯子は無くなりましたが
神と人の絆は強くなり神仏を求めてこの地を
訪れる人が増えたそうです
訪れる人が増えたそうです

一面の雪景色と天橋立で閉ざされた阿蘇海

遊覧船が航行した波紋だけが動く静かな
世界でした
世界でした

「神の代に神の通いし道なれや
雲井に続く天橋立」
雲井に続く天橋立」
自然の造ったこの景色・・・遠い遠い昔、神が
いたのかなー・・・なんて
いたのかなー・・・なんて

川の流れや波の浸食、単なる土地の隆起だけでは
この景観は説明できませんよね

大小8千本の松並木がトンネルのような砂洲の道

この松林のなかに真水が湧き出る井戸があります

周囲が海なのに不思議ですね

「橋立の松の下なる磯清水
都なりせば君も汲ままし」
都なりせば君も汲ままし」
と和泉式部が詠っています。
日本海の荒波を遮断して、松林を通る人々の
喉を潤し天橋立は人々への神の贈り物でしょうか
喉を潤し天橋立は人々への神の贈り物でしょうか

海沿いの温泉にはよく塩分が含まれてると
聞きます
聞きます

荒涼とした大地を緑に!と開拓者が井戸を
掘っても、時が経つと井戸水の中に塩分が
含まれて上手くいかないそうです
掘っても、時が経つと井戸水の中に塩分が
含まれて上手くいかないそうです

子供の頃、雪が積もると飛び起きていました

最近は積もるほどの雪が無く少し寂しいです

「飛竜観」から股のぞきで眺めて見ると
こんな感じになります

手前のくねった所が竜の頭で
松林が胴体に見えて
後ろにのびています。
天を泳ぐ竜のように見えますよね~

昔々、イザナギの命が訪れる前は、
荒海の神という手に負えない竜神がいて
この地を占領していました

大暴れするので人も住めなかったそうです

それを見かねた神々は解決策を相談して
中国の五台山に使者をおくりました

そこで神々が助けを求めた相手は
文殊菩薩でした。
文殊菩薩でした。
文殊菩薩は神々の意を受けて遥々中国から
この地にやってきたそうです

次は、天橋立に伝わる昔話についてです♪
今回のいい寺は・・・・・
京都・金閣寺です♪
日本の美を表す象徴的な寺院ですね

静寂のなかで輝きが増す 雪化粧の金閣寺!
残念ながら、その姿には、なかなか会えませんが

雪の舞う日にほのかな期待を持って
行ってきました



参道を歩むうちに残念ながら、雪は止み
日が差してきました
日が差してきました

足利3代将軍義満が邸宅・北山殿が建立
されてから600年。
参道の大木がその歴史の深さを表しています

京都の各地を巡ると着物姿の方とよく会います。
落ち着いた柄の着物が古都にとっても似合いますね

金閣(舎利殿)に日が差し、鏡湖池の水面に
映し出されていました
映し出されていました

池に浮かぶ大小の島々
背景には衣笠山
池と緑に囲まれた金閣

この境内は室町時代の代表的な池泉回遊式庭園で
浄土の世界を表現しているそうです

足利義満は船を浮かべて歌を詠み、優雅な
暮らしをしたのでしょうか・・・
ちょっとうらやましいですね
暮らしをしたのでしょうか・・・
ちょっとうらやましいですね

実際には将軍職を嫡男に譲った後も、北山殿で
政治を司ったそうです。
政治を司ったそうです。
対明貿易の特使を迎えて宴を催し、様々な文化を
集めて北山文化を築きました
集めて北山文化を築きました

一層目の観音菩薩の横に祀られた足利義満の
木造が見えます
木造が見えます

金閣の構造は寝殿造風の初層、武家造風の中層、
そして唐様仏殿と三層の楼閣からなっています
そして唐様仏殿と三層の楼閣からなっています

足利義満の遺言により寺院となった当初は、
一層に釈迦三尊
二層目は観音殿
二層目は観音殿
三層に仏舎利が安置されており、
金閣は舎利殿と呼ばれたそうです

※大阪四天王寺の五重塔・最上層部にも
仏舎利が祀られていましたよ~
創建当時の金閣(舎利殿)は、昭和25年の放火
により焼失し、現在の金閣は昭和30年に再建
されたものです

により焼失し、現在の金閣は昭和30年に再建
されたものです


もちろんその時代に私は生きていませんでしたので
修学旅行で初めてみた金ピカの金閣が一度焼失
してしまったことを知り驚きました

放火犯は、なんと金閣寺の弟子でした
その事件により、本来、お寺という静寂の中に存在する
はずの金閣が、「野心、権力、幸福、富、才能、見栄」
という金色の持つイメージで強調されてしまいました。

その事件により、本来、お寺という静寂の中に存在する
はずの金閣が、「野心、権力、幸福、富、才能、見栄」
という金色の持つイメージで強調されてしまいました。
金閣の炎上を取り上げた作家といえば三島由紀夫と
水上勉ですね
三島由紀夫は、色あせない絶対的な金色に対しての
美意識と、ハンディを負った放火犯の葛藤に着目し、
一方水上勉は、放火犯の貧困の中での生い立ちと
母子の関係に着眼しました。
その底流には敗戦直後の疲弊した社会があったの
でしょう。
今回のいい寺は・・・・
大徳寺山内・龍源院です♪
方丈(本堂)の襖には優しい眼をして
躍動感のある竜が描かれています

龍の姿に恐ろしさを感じることもありますが・・・
龍神として崇めたり
中国皇帝のシンボルとなったり
中国皇帝のシンボルとなったり
自然現象を龍にたとえたり
西洋ではドラゴンとなったり
西洋ではドラゴンとなったり
龍は空想上の生き物なので世界各地で色々な話や姿と
なりますね
なりますね

この竜は方丈正面右側の襖から始まり・・・
仏の世界から現れたように描かれています

正面の本尊さんの前には龍源院歴代の和尚さんの
頂相(姿)が飾ってありました。
頂相(姿)が飾ってありました。
正面左側の内陣には龍源寺の開基・能登の畠山義元、
豊後の大友義長、周防の大内義興の位牌が祀られています。
この各地に勢力をもった領主が意を同じくして創建して
東渓禅師を迎えたそうです。
『一大名で創建する力があっても功績を分かち合う』
東渓禅師は、この様に導いた和尚だったのでしょう。
竜源院には趣向を異にした庭が四方にあります

方丈前は鶴島、亀島、蓬莱山を配した「一枝坦」
方丈裏には仏界の須弥山を表す石組を中心に
杉苔で大海原を表した庭があります。
ここに龍が棲み「龍吟庭」というのでしょうね。
禅宗の庭は、造りはシンプルですが大きな世界を想像させますね
禅宗の庭は、造りはシンプルですが大きな世界を想像させますね

ここには、豊臣秀吉と徳川家康が対局したといわれる
碁盤があります。
碁盤があります。
大きな時代を築いた二人ですね!
余分な物を排除した造りの禅宗寺院

私たちはいろんなことを想像できますね

龍源院は、大徳寺山内で常時拝観ができる
数少ない寺院の一つです。
私はシンプルなお庭がスキです
みなさんもぜひ行かれてみてくださいね~
数少ない寺院の一つです。
私はシンプルなお庭がスキです

みなさんもぜひ行かれてみてくださいね~

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