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皆様のご無事、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
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今回のいい町は・・・
冬を迎えてです♪


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あっ・・・という間にが終わってしまいました




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今年の秋は色鮮やかな紅葉が見られました





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雪景色と紅葉のハーモニーも




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行楽地は静けさを取り戻して




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これから正月支度ですね

おせち料理に欠かせないクチナシの実
色付いてきました

栗きんとんの鮮やかな黄色はこの実で
つくります

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今回のいい寺は・・・
天橋立の文殊堂です♪
 

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天橋立には文殊菩薩を祀るお寺があります
天橋山智恩寺といいます。
まるで天橋立が境内かのように隣接しています

 
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門前町で名物・智恵の餅を食べました
伊勢名物の赤福に似て一口サイズのお餅の
上にたっぷりのこし餡がのっていました
 
名前の通り食べて智恵がつけばいいけどっ
 

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門前町の土産物屋さんで楽しんだ後は・・・
歴史を感じる立派な三門を潜ります
境内へと参道が真っ直ぐのびて文殊堂へ♪
 

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参道の獅子が両側からこちらを見ています
獅子文殊菩薩に仕えていて文殊菩薩
代わりに私達の前に現れます

文殊の智恵を授けるためでしょうか
正月には獅子舞獅子頭で子供の頭を
噛みますよね

獅子はお寺の建物や飾りによく用いられますよね~


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カラフルな色の衣で化粧をしたお地蔵さん
 

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天橋立を訪れたら、みなさん文殊菩薩
お参りしに訪れるようです。
 
境内には香の煙が立ち込めていました。
煙を頭につけて撫でたり、手を合わせたり


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堂内では、獅子・・・ではなくて猫ちゃん
迎えてくれました
 
 
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堂内に納められた絵馬
絵馬には
三人寄れば文殊の智恵」と書いてあり、
獅子と文殊の真言が描かれています。
 
困った時、悩んだ時、
一人で考えるより皆で智恵を出し合えば
答えが見つかるかもしれませんよね~!!
 

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これからは、科学の進歩の為だけでなく
自然と人間が共生していくために
智恵を出し合っていくことが大切だと思います
 
若狭湾には高速増殖炉・文殊もあります。
色々な問題から存続か廃止か問われています
会社、行政、市民の三者が智恵を出し合って
方向性を考えていくことが本来の名称の意味かも
しれませんね!


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トンネルくぐるのって大好きです♪
なんだかワクワクしませんか~

 

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今回のいい寺は・・・
天橋立の昔話です♪
 

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冬の日本海は目まぐるしく天候が変わります
晴れ間が見えたかと思うと一瞬にして吹雪
になったり
足湯の看板まで寒そう~~

 
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大昔、イザナギの命イザナミの命が日本の島々を
造っていた頃・・・
 
あちらこちらで竜神が暴れまわっていたそうです
日本海のこの地でも荒海神なる竜神が大暴れ
していました。
冬の日本海の荒波が竜神の姿そのものだったの
かも
 

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暴れる荒海の神を説き伏せるため神々の頼みにより
文殊菩薩が現れました

文殊菩薩は竜神の為に約千年の間、説法を
行ったそうです。
 
その間に多くの竜神が集まりました。
教えにより竜神は仏法を信じて人々を守る神に
なることを誓ったそうです
 

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暴れまわった竜神が改心したので文殊菩薩は
天の神々を大地に招きました
 
その時、文殊菩薩の如意につかまって
神は天から降りたそうです。
(梯子で降りてきたという話もありますが!)
 
その後、文殊菩薩が海に如意を浮かべ、竜神が
土をもって天橋立を造りました
そして天女が天橋立に松を植えたそうです
 

 DSC_0075.jpg
 
沖の方から眺めてみると・・・
天橋立が自然の防波堤と防風林に見えます
 
文殊菩薩のお陰で改心した竜神が天橋立を
造ったという話・・・うなずけますね
 

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荒れる日本海は私たちを悩ますだけでなく
豊かな海の幸が沢山あります♪
冬の日本海といえば蟹ですね~~~!!
 
 
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中国から現れた文殊菩薩は近くの智恩寺
御堂に祀られています


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門前町も賑やかそうです
 
 
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名物・智恵の餅を食べて
この智恩寺・文殊堂に行ってみます

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今回のいい寺は・・・天橋立の自然です♪

 
日本三景の一つ天橋立へ行ってきました
 
 
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京都駅から特急はしだてに乗って2時間
 
雪の降る冬の天橋立駅に着きます
 

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JR駅側から見た天橋立「飛竜観」の景色です。
 
対岸から見た景色を「一字観」といいます。
その他に雪舟が描いた風景が見える
「雪舟観」があります。
 
場所によって違う景色に見えますが
傘松公園から股のぞきで見る
「一字観」が有名だそうです
 
 
昔、この長く伸びた天橋立は天と地を結ぶ
梯子
だったそうです。
 
イザナギの命が天浮橋と名付けて掛けた
梯子でした。
その梯子が倒れてしまい天橋立となった
そうです。
 
天と地を結ぶ梯子は無くなりましたが
神と人の絆は強くなり神仏を求めてこの地を
訪れる人が増えたそうです

 
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一面の雪景色と天橋立で閉ざされた阿蘇海
遊覧船が航行した波紋だけが動く静かな
世界でした
 
「神の代に神の通いし道なれや
 雲井に続く天橋立」
 
自然の造ったこの景色・・・遠い遠い昔、神が
いたのかなー・・・なんて
 
川の流れや波の浸食、単なる土地の隆起だけでは
この景観は説明できませんよね
       
 
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大小8千本の松並木がトンネルのような砂洲の道
 
この松林のなかに真水が湧き出る井戸があります
周囲が海なのに不思議ですね
 
「橋立の松の下なる磯清水
 都なりせば君も汲ままし」
和泉式部が詠っています。
 
日本海の荒波を遮断して、松林を通る人々の
喉を潤し天橋立は人々への神の贈り物でしょうか
 
海沿いの温泉にはよく塩分が含まれてると
聞きます
荒涼とした大地を緑に!と開拓者が井戸を
掘っても、時が経つと井戸水の中に塩分が
含まれて上手くいかないそうです
 

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子供の頃、雪が積もると飛び起きていました
最近は積もるほどの雪が無く少し寂しいです

 
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飛竜観」から股のぞきで眺めて見ると
こんな感じになります
 
手前のくねった所が竜の頭
松林が胴体に見えて
後ろにのびています。
天を泳ぐ竜のように見えますよね~
 
昔々、イザナギの命が訪れる前は、
荒海の神という手に負えない竜神がいて
この地を占領していました
 
大暴れするので人も住めなかったそうです
それを見かねた神々は解決策を相談して
中国の五台山に使者をおくりました
 
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そこで神々が助けを求めた相手は
文殊菩薩でした。
 
文殊菩薩は神々の意を受けて遥々中国から
この地にやってきたそうです
 
次は、天橋立に伝わる昔話についてです♪
 

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今回のいい寺は・・・・・
京都・金閣寺です♪
 
日本の美を表す象徴的な寺院ですね
静寂のなかで輝きが増す 雪化粧の金閣寺!
残念ながら、その姿には、なかなか会えませんが
 
 
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雪の舞う日にほのかな期待を持って
行ってきました
 
 
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参道を歩むうちに残念ながら、雪は止み
日が差してきました
 
足利3代将軍義満が邸宅・北山殿が建立
されてから600年。
参道の大木がその歴史の深さを表しています
 
 
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京都の各地を巡ると着物姿の方とよく会います。     
落ち着いた柄の着物が古都にとっても似合いますね

 
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金閣(舎利殿)に日が差し、鏡湖池の水面に
映し出されていました
 
池に浮かぶ大小の島々
背景には衣笠山
池と緑に囲まれた金閣
 
この境内は室町時代の代表的な池泉回遊式庭園で
浄土の世界を表現しているそうです
 
 
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足利義満は船を浮かべて歌を詠み、優雅な
暮らしをしたのでしょうか・・・

ちょっとうらやましいですね
 
実際には将軍職を嫡男に譲った後も、北山殿で
政治を司ったそうです。
 
対明貿易の特使を迎えて宴を催し、様々な文化を
集めて北山文化を築きました
 
 
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一層目の観音菩薩の横に祀られた足利義満の
木造が見えます
 
金閣の構造は寝殿造風の初層、武家造風の中層、
そして唐様仏殿と三層の楼閣からなっています
 
足利義満の遺言により寺院となった当初は、
一層に釈迦三尊                   
二層目は観音殿
三層に仏舎利が安置されており、
金閣は舎利殿と呼ばれたそうです
 
※大阪四天王寺の五重塔・最上層部にも
  仏舎利が祀られていましたよ~
 
 
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創建当時の金閣(舎利殿)は、昭和25年の放火
により焼失し、現在の金閣は昭和30年に再建
されたものです

もちろんその時代に私は生きていませんでしたので
修学旅行で初めてみた金ピカの金閣が一度焼失
してしまったことを知り驚きました
 
放火犯は、なんと金閣寺の弟子でした


その事件により、本来、お寺という静寂の中に存在する
はずの金閣が、「野心、権力、幸福、富、才能、見栄」
という金色の持つイメージで強調されてしまいました。
 
  
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金閣の炎上を取り上げた作家といえば三島由紀夫
水上勉ですね

三島由紀夫は、色あせない絶対的な金色に対しての
美意識と、ハンディを負った放火犯の葛藤に着目し、
一方水上勉は、放火犯の貧困の中での生い立ちと
母子の関係に着眼しました。
その底流には敗戦直後の疲弊した社会があったの
でしょう。 
 

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この鳳凰は、放火の時は取り外されていて、
焼失を免れたそうです

日に当たって輝く鳳凰

この姿に手塚治虫の「火の鳥」を連想
しちゃいますね

京都の文化の礎となった北山文化の象徴
としての金閣と
焼失によって、社会の矛盾を如実に表した
金閣

両方の金閣を見てきた鳳凰は「永遠の輝き」を
保っていくのでしょうか

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