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今回のいい寺は・・・
銀閣寺 向月台で月明りを待ってみる です♪
 

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キレイに整えられた銀閣寺垣の参道を抜けて
銀閣寺に入ります
金閣寺銀閣寺四季を通して観光客で
にぎわっています
 


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黄金に輝いて存在を示す金閣
境内全体で浄土の世界を表していますが
あくまでも主役はこの金閣ですね~~
 


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対照的に時の流れを感じる銀閣
景観に
溶け込んで、周りの景色を
引き立てている
ようにみえます
 
金閣寺銀閣寺も将軍の山荘として造営され、
遺言で相国寺の末寺となりました。

そして、金閣仏舎利を祀る舎利殿に
銀閣観音菩薩を祀る観音堂になっています。
 
名称は、金閣寺の前身・北山殿はお釈迦様の
に因んだ名前の鹿苑寺(通称・金閣寺)と
なりました。
銀閣寺の前身・東山山荘は観音菩薩の功徳
表す意味で
慈照寺(通称・銀閣寺)となりました。


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銀閣寺の大きな特徴といえば枯山水のお庭です。

この
厚く盛られた銀沙灘(ぎんしゃだん)は
江戸後期に造られたそうです

夜になると月あかりで銀沙灘の波紋が光り
幽玄な世界を演出するそうですよ~
 
ライトアップとは一味違う雰囲気でしょうね!
 

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枯山水の庭でもう一つポイントになるのが
この向月台です
 
この上に坐って東山に昇る月を待ったそうですが・・・
実際に登れるのかな~
 
白砂を固めて造っていると聞いたことがあります。

向月台に座って月を待つだなんてロマンチックな
話じゃないですか~~
 
 

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方丈から眺めた風景です
銀沙灘の波向月台銀閣の間から
押し寄せているみたいに見えますねっ
 
そして月夜の晩に銀閣の観音様に灯かりを点したら
花頭窓から灯りがもれて、月の光と銀閣の灯りと
銀沙灘の輝き・・・
 
シンプルな枯山水のお庭は想像力をかき立てて
くれます~
 

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観音様は奥深い慈悲の心を持って
人それぞれにある
迷いや悩みに応じて
救いの手をさしのべるそうです。
 
観音様はいろいろな姿に変化してね

 
観音菩薩は境内を散策する私達を優しく慈しみの目
で見守ってくれているのかもしれませんね~♪

 
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日本には四季があります
 
その風景を見に行くと心が癒されますね

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今回のいい寺は・・・
銀閣寺です♪

 
正式名は東山慈照寺といいます
 
元は室町幕府八代将軍・足利義政が造営した
東山山荘でした
 
「わが庵は月待山のふもとにて 
かたむく月の影をしぞ思う」
・・・足利義政が詠んだ歌です
 
銀閣寺は大文字山から西につづく月待山の麓に
ありまーす
 

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その月待山からの眺めです
境内の向こうには、住宅地が続いています
 
住宅地の中に、緑に覆われた境内があるような
イメージですね
 
 
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東山山荘が創建された当時は応仁の乱によって
都は荒廃していました
 
若くして将軍となった足利義政は側近に恵まれず、
自身も力が無いことから政権を放棄して将軍職を
弟に譲ってしまいます
 
ところが正室・日野富子は反対に権力に執着して
我が子を将軍職に就けようとしました。
 
この夫婦が原因で応仁の乱が起こり
都は焦土と化してしまいました
 

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「天下は破れば破れよ。世間は滅びば滅びよ。
人はともあれ我が身さえ富貴ならば」
軍記「応仁記」に記述された
当時の人々の心を表す言葉です。
 
夏に訪れたNYの街はキラッキラしていたのに・・・
 
「自分さえ豊かな生活ができれば」という考えを持って
いたらダメですね
 
 
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飢饉や疫病や戦など、世の中が混乱している中で
足利義政は歌や能楽や茶の湯に興じた優雅な
日々を送ったそうです
 
 
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境内にはお茶の井と呼ばれる場所があります 
戦乱の中で焦土と化した都では良質な水を
得る事ができませんでした。
 
しかしここでは、お茶の井から清水が湧き出て
茶の湯には困らなかったそうです
 
茶の湯を楽しむ余裕なんてあったのでしょうか

 
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足利義政にも気まずい思いがあったのでしょうね!
 
東山山荘の造営は応仁の乱が治まってから
始まりました
 
常御所、西指庵、持仏堂と建立するなかで
足利義政は特に庭園造りに力を注いだそうです
 
その手本となったのが、苔寺として有名な
西芳寺でした。
 
若い頃に訪れた西芳寺に強い感銘を受けたそうです。

私も影響を受けやすいです
最近は本を読んでも、TVを観ていても涙することが
多いような気がします
 
 
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東山山荘で象徴される文化は世の中の混乱を
尻目に成熟していきました
 
そして残すは銀閣の建立という時に悲しいかな
足利義政は亡くなってしまいます
 
遺言により山荘は相国寺に寄進されて東山慈照寺
となりました。
 
完成した銀閣には観音菩薩を祀り銀閣は観音堂
となっています
 
 
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さて、金ピカの金閣寺に対して銀閣寺・・・

この銀閣の壁には銀箔を張る予定でしたが、
資金が無く漆塗りになったそうです。

当初から漆塗りの予定だったという話もあります

いろんな説があっておもしろいですね

 
 
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月待山に昇る月と漆塗りの観音堂(銀閣)から
 
「漆黒の闇を照らす月あかり

なんて情景が思い浮かんじゃいます
 
戦乱の世の中で漆黒の闇と思われた時代に
建立した観音堂です

「観音菩薩に救済の手をさしのべてもらいたい」
と誰もが願ったんじゃないかなー
 
銀箔から漆塗りの観音堂になった銀閣には、
民衆を救済する役目があったと思いたいですね
 
今、銀閣は大掛かりな修理を行っています
 
完成した時には、どの様な姿になっているのかなー

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今回のいい寺は・・・
錦市場をぶらりんぶらりん

まだまだ寒い日が続いていますね

大好きな錦市場をブラブラしましたよ~


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名古屋も寒いですが、冬の京都も寒いっ!!
湯気が食欲をそそりますね~


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ほっくほくの栗


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丹波の黒豆って甘くて止まらなくなっちゃいますね


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あったかごはんにかけて食べたいですっ


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裏方を覗くのって楽しくないですかー


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甘露煮や竜田揚げはおかあさんの味ですね


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若狭の軒先にもつりさげられてた干し柿
あまーい柿になったかな~


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お客さんも真剣っ
多少値がはっても「本物」を手に入れたいですね。


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シャキシャキの水菜大好きです!!
豚しゃぶには水菜が一番だと思います


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おばちゃんがあぶってくれるお餅を試食できたり~


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私はコレ!
食べ歩きって楽しい


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京都といえばお漬け物のチェックも外せませんね


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ふすま漬けって初めて聞きました。
「ふすま」は小麦を製粉する副産物で表皮だそうです。
食べ物のかすと言われてきたふすまですが、栄養素が
豊富だそうですよ~


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冬の底冷えに代表される独特の気候・・・
肥沃な土壌と良質で豊かな水が育てた京野菜
歴史と伝統に育まれてきた京の食文化の源ですね


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焼き餅のお店を発見!
できたての香ばしいやき餅食べてみたかったな~


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観光客向けの店だけじゃない、地元の人にも愛される
錦市場の魅力は、「いいもの」、「本物」があるって
ことだと思います。

時代が変わっても・・・

京の台所であってもらいたいですね

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今回のいい寺は・・・
冬の錦市場「のと与」でランチです♪

活気あふれる冬の錦市場は最高に楽しいです


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川魚専門店 「のと与」はとっても賑わっています


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産地直送の言葉に弱いです
おいしそう~


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お店の2階でランチを頂くことに
西京味噌漬けは京都に来たら必ず食べたくなります!



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のと与」といえば一番人気のうなぎ!!
愛知産うなぎを備長炭で~~


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お魚ももちろんおいしいのですが、私はご飯が
あまりにもおいしくて感激しました



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のと与」はこの看板が目印です



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錦市場は京の台所といわれるだけあって、
食材だけでなく、日用品まで売られています。
こんにかわいい鍋つかみだったら家事も楽しく
なっちゃうかも


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どれもかわいくて決められません


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花柄がかわいい
京都で着物デートなんてしてみたくなっちゃいますね


錦市場の散策・・・続きます♪




※愛知・一色のうなぎ養殖場はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/192/
  

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今回のいい寺は・・・・・
相国寺の『宗旦狐』です♪
 
 
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千利休の孫・千宗旦は、祖父が築いた
茶の湯』を継いだ茶人です
千利休が豊臣秀吉との確執で自害した
ことから千宗旦は政治との関係を避けました
 
清貧な生活を常として、侘び寂びを極めることに
専念したそうです。
その姿勢から『乞食宗旦』とも呼ばれました。
 
 
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千宗旦は大徳寺で禅の修行と茶の湯に
明け暮れる日々でした
門外に出る事が極端に少なかったそうです
 
 
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ある日、相国寺に『宗旦狐』が現れました
 
相国寺の森には古狐が住んでいました。
この狐は夜になると、千宗旦に化けて茶会に
現れたそうです
 
相国寺は華やかな室町文化の中心地でした。
時代が過ぎて、侘び寂びを好む茶の湯の文化が
相国寺にも浸透していったのでしょうね。
だから宗旦狐が出たのでしょう。
 

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相国寺山内の慈照院には千宗旦が開いたと
伝えられるお茶室(頤神室)があります。
 
そこへ宗旦狐が平然と現れました
その見事なお点前には、本物の千宗旦も
感じ入ったそうです
 
この茶室には、宗旦狐が狐という事を見破られ、
逃げ去る時に壊したため修理して大きくなった
窓もあります。
特別拝観があったら是非見てみたいですね
 
 
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宗旦狐は茶人以外に修行僧にも化けました
托鉢の列に加わって「ほー、ほー」と唱えながら
都を練り歩き、囲碁もよくしたそうです。
どこに現れる時も堂々とした姿でした。
 
 
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宗旦狐には他にも色々な逸話があるそうです。
実は狐が宗旦に化けている事をみんなは
知っていて、わざと化かされて楽しんだとも
言われています
 
出町の丁子屋豆腐店が経営難に陥った時には、
宗旦狐がお告げを与えて再建の手助けもしました
 
感謝した亭主が、宗旦狐にネズミの天ぷらを
お礼にさしあげました
 
好物を目の前にして、さぁ大変
食べたら神通力を失うことを承知で
「パクリ」と食べてしまい、狐の姿に戻ったところに
猟師が現れて・・・・
あえなく最期をとげたそうです
 
 
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今では、境内に「宗旦稲荷」として祀られて
います。
宗旦狐のお告げで繁盛した店は他にも
あったそうですよー。
 
お稲荷さんのご利益は商売繁盛ですから
お参りすれば宗旦狐のお告げが聞こえて
くるかもしれませんよ~
 
おもしろいですね

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