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皆様のご無事、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
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今回のいい寺は・・・・
空間の活用です♪
 
大徳寺山内で常時拝観できる龍源院は
京都の寺院の標準的な造りをしています
 
そして、空間を上手く活用して見せるお寺です

私は建築の雑誌を見たりするのが好きです

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だから京都のお寺など、しっぶーーい建物も
大好きなんです♪
歴史を感じさせる古さもいいですよね

方丈と庫裡の間の空間には壺庭の東滴壺(とうてきこ)
があります。

狭い場所を上手く活用した庭として有名です。


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白砂と石で造られた枯山水の庭
直線に引いた線の上にしっかりと波紋が
描かれています
 
この輪によって白砂と石組だけの庭に温もりを
感じますね


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石の形に合わせてハート型に

 
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庫裡の庭です。
細長い空間にぽつんぽつんと三石・・・
ちょっとした緑と土塀がマッチしています
あまり飾らないことで空間が広くみえますね


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奥の苔むした石と手前の平べったい石で
阿吽(あうん)の石と名付けられています。
 
豊臣秀吉が京都に建てた邸宅・聚楽第の
礎石だそうですよー
用途は違いますが、「リユース」ですね
 

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庫裡の床の間には正月飾りがしてありました
「日々是好日」
茶席で好む言葉の一つです
日々が無事で良い日になりますように
 
青竹の花入れには椿と柳の枝が飾られて
います
 
柳には頭痛薬の「アスピリン」の素となる
サリチル酸が含まれています
 
この床の間は、無病息災を願った飾りですね!
 
柳枝のお加持についてはコチラ↓
 e-tera.net/Entry/54/
 
茶席で客を迎える時に飾る掛け軸でお客さんに
亭主の気持ちや、茶会の趣旨を伝えたり、
話題にしたりしますね!
 
客も阿吽の呼吸で亭主の気持ちを察するとお茶会が
盛り上がりますね♪
 
最近、抹茶を飲む機会が減ってきましたよね。
おばあちゃんの家に行くといつもお茶を
点ててもらっていましたが・・・


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京都でお茶を嗜むのは良い水が出るからでしょう
山内の寺には必ず井戸があります
ここで汲んだ水で茶の湯を楽しむのですね
 
お茶は中国から薬として渡来したそうです
お茶には文化と実用性と両方の顔がありますね!


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方丈の東の間「狐窟」に狐が衣を着た屏風が
あります。
鏡餅とお茶が供えてありました。
この狐は「白蔵主(はくぞうす)」といい堺の
南宗寺山内の寺に住んで僧侶となって
修行をしていました。
 
日々坐禅や托鉢をして生活しながら町に出ては
貧しい人を助けたり、時には和尚さんの姿
になって迷う人を導いたそうです。
 
常に困った人を助けて一生を終え、南宗寺の
裏山に祀られています。
 
狐が頑張っているのですから本物の和尚さんも
世に出て下さい、という話でしょうか・・・・・
 
この話を題材にした屏風絵は、縁あって
同じ宗派の竜源院の狐窟に辿り着いた
そうです。
 
この白蔵主と同じ様な話が相国寺にもあります。
次は相国寺の「宗坦狐」です♪

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今回のいい寺は・・・
京都 大徳寺・瑞峯院です♪


戦国時代のキリシタン大名大友宗麟》の菩提所です。

キリシタン大名の菩提寺・・・
高桐院の灯篭墓とクリスチャン細川ガラシャのように物語が
ありそうですね!


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瑞峯院」の寺名は大友宗麟の戒名瑞峯院殿瑞峯宗麟居士
から付けられました。
そして大友宗麟が、わずか5歳のときに自身の菩提所として
創建したそうです。

大名としての元服名は義鎮です。
宗麟は得度(仏弟子となる)を受けた際に授かった名です。
その後キリスト教に改宗して、洗礼名《ドン・フランシスコ》
なりました。



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大徳寺参道の土塀が、雨に打たれて傷んでいました
これは、風雨にさらされて侵食することを想定した塀だそうです。
雨水に洗われてザラザラした部分、雨が当たらずに変わらない
部分、そして苔が付いて変色している部分と、変化が楽しめる
ように造られています。




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瑞峯院に向かう途中には石碑がありました。
石碑には《独坐庭》と彫ってあります。

世の中に流されることなく、静かに坐る
独坐庭》そんな場所でしょうか・・・・



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瑞峯院・方丈の前庭《独坐庭》です。
荒々しい波が押し寄せてくるような枯山水の庭ですね。



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粒が大きい砂利の波紋が立体的で、波打つ音が
聞こえてきそうです
松風にしても波にしても実際に聞こえない音を表現されると
想像力が掻き立てられますね



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立てた石組みで蓬莱山をあらわしています。
「独坐、大雄峰」波が打ちつける険しい峰に悠然と坐る・・・
これが独坐庭の由来です。
ここに坐っている主が大友宗麟で、打ちつける波が戦国の世
という事でしょうか・・・


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波が入り江の奥まで入ってきますが、こちらは静かな浜辺を
連想させます。
動から静への変化を楽しむ庭ですね

大友宗麟は、心の安らぎを宗教に求め
キリスト教への信仰が深まっていきました。


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方丈の裏には、縦4個、横に3個の石で《十字架》を表す
閑眠庭」があります。

独坐庭」「閑眠庭」は現住職が造園家の重森美玲さんと
大友宗麟の思いをくんだ「現代の庭」を造ろうと考えて
出来たそうです。
仏教寺院の庭にキリスト教の象徴が存在する斬新な庭
ですね



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「人格の完成という目的に向かうため、キリスト教を選んだ
 宗麟の心を尊重し、万民の霊を弔うために造った」

仏も神も同じように世界を大きく包み込んでくれる。
 排他的ではいけない。
 人間同士がけんかする事がいかに小さなことか、
 この庭から感じてほしい


住職の願がここに示されています


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閑眠庭」を眺めながら広間でお茶を頂きました
ここには表千家家元の扁額《坐忘》の二字が飾ってありました。
静かに坐って無念無想の境地になれば、自分の存在すら
忘れて十字架と一体となるでしょう。


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薄茶と大徳寺納豆が入った落雁、そして壷に入った
自家製の大粒の大徳寺納豆を頂きました。

大豆を発酵させた芳醇な味わいは奥深く、お茶請けから
中華料理のアクセントまで幅広く使えます。
甘いお菓子の後に食するのも一興ですね



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方丈と庫裏の間の中庭には、キリシタン灯篭があります。
地中に埋まっている部分にはマリア像が彫られているそうです。

閑眠庭」の十字架は、この灯篭を基点にしています。
灯篭の影がのびて十字架を映し出す
それは宗麟の心をつつむマリア様の愛でしょうか?
色々と想像したくなりますね



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高桐院の細川ガラシャ、瑞峯院の大友宗麟・・・
禅宗は他の宗教に寛容なのですね。

瑞峯院を訪ねてキリシタン大名・大友宗麟に興味を持ちました。
次は九州六ヶ国を治めた大友宗麟について九州へ飛んでみます
















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今回のいい寺は・・・
「大徳寺の参道を歩きながら」です


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今の大徳寺は周囲が住宅街で、門前には北大路が
通っていて街中の寺となっています。
千利休や豊臣秀吉の頃は、「紫野」といわれるように
緑に囲まれた自然豊かな場所だったのでしょう。



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春が過ぎると松の花が咲き、勢いよく成長します。
禅宗の寺院では、松を好んで植えるそうです。
鑑賞の為ではなく、修行に適した樹木だそうです。

「閑坐して松風を聴く」という言葉があります。
境内で静かに座ると、風になびく松葉の音が聴こえて
くるそうです。



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禅寺では修行のためですが、戦国時代の城では
非常食にする為に松を植えたそうです

松には色々と用途があります。
フランスではサプリメントや香料になります。
そして、松脂が地中で熟成すると琥珀になりますね。


※松にたかった虫が松脂に入ってしまうと、琥珀のなかに
  そのままの姿で残ることもあります。



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音を聴くといえば、《鐘の音》ですね
大徳寺境内には、織田信長の家臣が建てた鐘楼があります。
豊臣秀吉織田信長の菩提所・総見院を創建した時に
合わせて建立したそうです。

総見院の境内ではなく、壁を隔てた外に鐘楼がありますね。
急逝した織田信長に、この世から想いを伝える
そんな意味で家臣は塀の外に建てたのでしょうか・・・

そして鐘の音は、境内中に響き渡りますね。
細川夫妻のところにも千利休のところにも
毛利元就大友宗麟のところにも・・・
大徳寺を墓所にしている大名全てに聞こえているのでしょう。



松風は静かに耳を傾けてもなかなか聞こえませんね
おいしい《味噌松風 》のお店ならあります♪



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「8代前まではわかっているのですが・・・」というほど重厚な
歴史を誇る和菓子店「松屋藤兵衛」です。



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名物の《紫野味噌松風》は、江戸時代にお茶に合うように
考案されたと伝わる焼き菓子です
味噌の風味がふんわり漂う生地はもっちりとした食感で
毎年作る自家製大徳寺納豆の塩気が味を引締めています。




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大徳寺参道前にある《大徳寺いちま》ではお茶席でも愛用
されてきたかわいらしい手まり寿司が頂けます



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お茶に縁が深い大徳寺門前の店だけあって、お茶席の食事
にも長年携わってきたそうです



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その中で創業当初から人気の手まり寿司は、食べてしまうのが
もったいないほどのかわいらしさです
千鳥酢で甘めに仕上げた寿司飯に色とりどりのネタをのせた
ひと口サイズです



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京都の伝統的なさばずしです
古来より日本海でとれたさばが京都や奈良などへ運ばれました。



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初夏のかわいいお花が咲いていました
とても丁寧な仕事をされているお店でした

次はキリシタン大名・大友宗麟の菩提所《瑞峯院》を訪れます






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今回のいい寺は・・・
高桐院★千利休とファッションについて♪


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京都の寺院では、和服で訪れている方をよく見かけます。
さすが京都は和の都



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高桐院の本堂前でたたずむ着物姿の女性
本堂の影、毛氈の赤、庭の緑が着物を引き立たてますね
この庭にも千利休から譲り受けた春日灯篭があります。


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千利休豊臣秀吉が欲しがりましたが、灯篭に傷を付けて
天下人に似合わぬ」と断りました

しかし、ただ断るためだけに灯篭をつけたのでしょうか…
その後に譲り受けた細川忠興も傷を付けて《欠け灯篭》と
名を付けました。

商売では、商品に少しでも傷がついていたら欠陥商品
扱いされて返品か値引の理由になりますね。

それをあえて傷をつける理由とは・・・

千利休が求めた美の世界とはどんなものだったのでしょうか。


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高桐院の本堂の裏、千利休が建てた書院《意北軒》です。
この建物で欠け灯篭の《意》を探ってみたいと思います



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この建物は千利休の邸宅を移築したといわれています。
建築当初から土にイカ墨を練りこんで煤けた壁に仕立て、
その壁に雨漏りのにじみや、板張りの痕を見せて古びた風情
したそうです。

新しさと古さという対照的なものが共存する空間

千利休はこの部屋に時間を塗りこんだのかもしれませんね。
今見ても、ただ古くなった建物とは雰囲気が違いますね。

千利休は欠け灯篭やこの書院のように、完成されたものや
華やかなものより、朽ちたものや、足りないものを好んだようです。

これが千利休の《》に対しての考え方なのでしょう。
千利休の懐の深さや、遊び心が見えてきますね。


そういえば、私達も遊び心のあるファッションを楽しんでいますね。

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今から30年前、ドイツ・ケルンの見本市で脚光を浴びた
ジーンズがあります。
ストーンウォッシュ・ジーンズ》です。
鹿児島産の軽石とジーンズを洗濯機に入れて回す
ことにより、新品ながら履きこなした味わいを出すことに
成功して新しい流行を生みました


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その後、履きジワや、バーナーで焼いたりかぎ裂き
つけたりしたダメージデニムへと変化していきました。

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最近のデニムはペイントが施されたデザインも
よく見かけますね。

千利休のお茶デニム・・・
時代が異なっても共通するところがありますね



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金閣寺でも着物姿の女性を見かけました
京都を訪れると私達が忘れかけている和心に出会うことが
できますよね。

京都の寺社仏閣には全国から、海外からたくさんの観光客が
みえます
京都には今に通じる文化が息づいていますね。

次は寺町を散策してみます

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今回のいい寺は・・・
扇の話です♪

京都の町を散策しました

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上ル下ル入ル…と碁盤の目のように通りが続く京都・・・
老舗や専門店が点在していて、散策して飽きることがないですね♪
「こんなところにお店が」と思うこともあります
六角通りに扇屋さんがありました。



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画材屋のショーウインドーに筆をあしらったが飾られていました。
この辺りは扇に関係した通りなのでしょうか・・・



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六角堂から新京極に入ると突き当たりに誓願寺があります。
境内に入ると、外からは想像出来ないほど大きな
本尊・阿弥陀如来が祀られていました。

ここは浄土宗西山深草派の本山で、謡曲「誓願寺」
知られています。
謡曲「誓願寺」はお寺の縁起と霊験の話です。

この中で和泉式部が一遍上人の教えに感動して、
歌舞の菩薩となって現れた場面があります。
そこで歌舞の菩薩・和泉式部にあやかって、人々が祈願に
訪れるようになったそうです




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誓願寺の境内にも扇塚がありました。

ここに舞踊や芸道の上達を祈願して扇子を奉納するそうです
扇子は舞踊には欠かせないものですよね!
道具を大切にして感謝をする気持ちがあれば、自然に上達する
のではないでしょうか



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京都は桜が終わると芸・舞妓の《をどり》の季節となります。
祇園の『都をどり』、先斗町の『鴨川をどり
宮川町の『京をどり』、上七軒の『北野をどり
花街を彩る芸・舞妓の舞踊が見られる数少ない機会です

扇子とともに華麗に舞う芸・舞妓・・・
春は華やかな季節ですね



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芸・舞妓さんは本来お座敷で舞踊を披露しますよね。
そして舞踊だけでなく色々な芸を身につけているそうです。
祇園の通りには、各種お稽古の予定が黒板に書かれていました。



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「八坂女紅場学園」
祇園甲部歌舞練場(ぎおんこうぶかぶれんじょう)に属しており
通称「にょこば」といいます。

生徒は祇園の芸・舞妓全員で舞妓になったときが《入学》で、
妓籍を抜けるときが《卒業》です。
必須科目は古典芸能から書道、絵画まで幅広い道を学びます。

下は15歳から80過ぎの生徒まで、習い事に終りは無いのですね。
春の《都をどり》、秋の《温習会》が学園の文化祭にあたります。



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花街には提灯が飾られて、《をどり》の始まりを告げます。
《をどり》は4月に各花街の歌舞練場で行われます。
祇園甲部歌舞練場の《都をどり》は4月30日まで行われています。

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