忍者ブログ
MASTER →  ADMIN / NEW ENTRY / COMMENT
皆様のご無事、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

今回のいい町は・・・
冬の楽しみかたです♪


2fcbf527.JPG

本当に冬がやってくるのでしょうか?と心配
になるほど暖かい日が続いていましたね

やっと冬の気配がしてきました



DSC_0352.jpg

今度の週末は名古屋でもが降るかもしれません

暖かい部屋で家族と新年を迎える準備を
するのもいいですね




92e287d7.jpg

厳しい冬を迎える長野では保存食が活躍します
野沢菜漬など青菜の漬物は栄養の供給源

寒さや豪雪で麦作の出来ない山村では、ソバ
大切な食糧です

そばがきやだんご汁、ほうとうなど様々な工夫から
生まれた郷土料理がたくさんありますね

豆腐を外へ出して凍らせ、乾燥させた高野豆腐
生のものよりも味がしみるので煮物には最適です

また海に面していない長野では、海産物を貴重な
ものとして扱う習慣が残っているそうです。
何でも手に入る今の時代ですが、食べ物を大切に
しなければなりません

寒い冬も楽しく、おいしく過ごしたいものですね!

拍手

PR
今回のいい寺は・・・
中津川☆ぶらり途中下車の旅 です♪


特急しなのに乗って名古屋を出発

馬籠に行くには、中津川駅で下車して路線バスに
乗り換えます

バス発車まで30分もあるので駅前をぶらりん
してみることに♪


c43ca0b7.JPG

そこで見つけたレトロな酒屋さん



946f2f64.JPG

地酒の品揃えがすごい!!

お店のご主人が試飲をすすめてくれました
芋焼酎がこんなに甘くて爽やかだったなんて
知りませんでしたよー



DSC_0144.JPG

こうゆうのってテンション上がります↑↑
甕から試飲させて頂きいい気分~~



DSC_0156.JPG

一緒に頂いたのは菊ごぼうの味噌漬け
菊芋のこうじ味噌漬け



33410d3f.jpeg

恵那山に3回霜が降りると菊ごぼうの収穫の時期!

菊ごぼうは中津川を中心に東濃地方で食べられて
いる伝統的な野菜だそうです。

菊ごぼうは野山に自生する「モリアザミ」の根っこを
味噌漬けにしたもので、その昔は滋養強壮の
薬草としても使われていました

シャリシャリとした歯ごたえが不思議な感じ

仁科吉五郎商店サンのは防腐剤、着色料、甘味料
は一切使わず、水までも無添加にこだわって
います。

名古屋のお鮨屋さんにも入れているそうです。
細巻きにしても良さげだし、この味噌はまだまだ
使い道がありそう!!



4378b72a.jpeg

バス待ちのための散策だったのにあまりの
楽しさにお店が気になって気になって・・・

中津川→馬籠→妻籠→再び中津川へ~



DSC_0689.JPG

ピンク色の空が水面に映ってキラキラ
車窓にへばりついて見とれてしまいました



DSC_0695-1.jpg

すーっとオレンジ色に変化して旅も終盤です



de0e9a95.JPG

馬籠も妻籠も堪能したので今度は
中津川を召し上がれ~

ご主人オススメの焼酎が飲めるお店を
教えて頂きました。

お酒のことなら何でも聞いて~のご主人が
いらっしゃる仁科吉五郎商店サンは
中津川駅のまん前です

拍手

今回のいい寺は・・・
島崎家の菩提寺 永昌寺です♪



DSC_0454-1.jpg

江戸時代から明治維新へと

世が明けたけれど「あの時分は良かった!」

と平和な江戸時代を懐かしむ人が多かったそうです



8346e547.jpeg

島崎家の家宝 小倉百人一首

中山道は江戸と上方を結ぶ動脈のひとつでした。

各地の文化が街道沿いの宿場に♪



45a7c322.jpeg

濃尾から南信州にかけて地方歌舞伎が盛んでした。
近隣の飯田には江戸から市川海老蔵がしばしば
興行に訪れたそうです

馬籠の秋まつりでは祭礼狂言の興行が3日間も!

年に一度の楽しい祭は、祭礼狂言で盛り上がり、
囲炉裏端でも狂言の話で盛り上がったそうです

大分の日田祇園祭りでも人々が力を合わせて
作り上げているのを感じ感動しました
祭りが終わったら、翌年のために一年間準備に
取り組む

みんなで作り上げているからこそ、その姿を観たい
と人々が集まってくるのだと思います



bb9f92ac.jpeg

街道沿いの至るところに道祖神が祀られていました
村の守り神であったり、旅人の安全を願う神として
道の傍らや道が交差する辻から見守って
くれています

お地蔵さんがいたり、神様がいたり・・・
土地の風習の中で仲良く祀られていましたよー



b3040ee8.JPG

明治時代に入って、幕府から僧侶に与えられた
宗門権の廃棄と、神仏分離が行われて、神道
中心にした国づくりが始まりました

この動きが地方では、廃仏運動や他宗教の
弾圧となって現れました

明治6年になると、国内外からの批判が強まり、
政府は信仰の自由を認めました
そして、国学者が望んだ王政復古への道は
頓挫してしまいます。



DSC_0461.JPG

島崎藤村の父親は王政復古への想いが強くなり
「どこか古い神社に仕えて新たな生涯を
開きたい!」と東京へ行くことを決めました

そこで、菩提寺との縁を切るために先祖代々の
位牌を引き取りに菩提寺に向かいます

菩提寺の和尚さんは、藤村の父親の考えを
理解して、不機嫌な顔をすることなく、先祖の
位牌を差し出しました。

ただ、寺の創建と復興に携わった先祖の位牌
だけは残してもらいました。



94752794.JPG

東京では、任地先が決まるまで教部省に勤めて
いました。
当時の宗教界を担当する役所で、各宗派の
勝手な行動を目の当たりにします

「神道を根本に国民教化の基準をしっかりと
打ちたてておかないと・・・」
と張り切ったところで水無神社から宮司の話が
舞い込んできます

「誰か飛騨行きを引き止めてくれ」と未練を残し
ながら、東京を離れて山深い飛騨の地へと
赴きました



954b82cd.jpg

飛騨の地は神仏習合の風習が残っていて、神社は
寺院の一部という考えの強い地域でした。
藤村の父親は、4年間この地で宮司の職を務め
ましたが、それ以上この地に留まることはできません
でした



DSC_0471.JPG

島崎家の菩提寺・永昌寺には、永昌寺を創建
した島崎家代々のお墓があります。

当時の和尚さんは、修行中からお世話になった
大檀那の島崎家や檀家への恩を忘れずに
住職の務めを一生懸命行っていました



DSC_0476.JPG

境内の裏山を整備して庭を造ったり、
「村のためにも役に立とう、貧しい百姓の
子供をも教えよう」と村の子供たちには
寺子屋で読み書きを教えました

藤村の父親の要望で敬義学校を建てる場所
も提供しました。



9d2d69a9.jpeg

寺を訪れる檀家にはお茶を出して、世間話や
悩み事を聞きました

ある時、和尚さんは十五夜の月見にと藤村の
父親を招いて、村民と一緒に膳を囲んでお酒
を酌み交わしました

寺を離れた藤村の父親でしたが、和尚さんは
笑顔で接待しました



DSC_0475.JPG

その頃、東京でも飛騨でも挫折した藤村の
父親は「復古の道は途絶えた」との思いから
幻覚に悩まされていました

月見の宴の後、藤村の父親は永昌寺
訪れます。
そして、本堂の障子に火を放ってしまいました

幸い、様子が変だと後をつけて来た村民が
消したので大事には至りませんでしたが・・・



ef4772d9.JPG

藤村の父親は座敷牢に幽閉されてしまいます。
戸長の役を下され、復古への夢は破れ、宮司の
務めに挫折。

そして「私はおてんとうさまを見ずに死ぬ。」と
言い残して、自分の望んだ世の中が訪れる
ことなく、静かに息を引き取りました



DSC_0468.JPG

葬儀は永昌寺の境内で、神葬にて営まれ
先祖の墓所に埋葬されました

本堂に火をつけられてもなお、和尚さんは
彼の理解者でした

「御一新の時に宿場の組織と同じように僧侶も
廃止して境内を父親が創立した敬義学校の
ための学びの場にしたかったのでしょう。」
と彼の弟子に話しました。



DSC_0479.JPG

廃退した宗教界を仏教伝来以前の神道に復古
しようと最後まで突き進んだ藤村の父親。

絶縁して本堂に火をつけられても
最後まで創建の恩を忘れなかった和尚さん。

どちらも宗教に対して純粋な気持ちを持っていた
ように思えました。




DSC_0472.JPG

和尚さんは跡継ぎを育てて、本堂の雨漏りを
直したらまた行脚に出る、と藤村の父親の
弟子に話しました。

「もし、その老年の出発の日が来て、西は長崎の
果てまでも道をたどりうるようであったら、遠く
故郷の空を振り返ってみる一人の雲水僧の
あることを記憶しておいてくれよ。」



藤村の父親も、最後まで「復古」にこだわらずに
菩提寺へ先祖の位牌を戻すことができたら
良かったのになーなんて思いました


江戸時代から明治、昭和、平成・・・と時代は
移り変わるけれど、その変化のときに良いもの
まで変えてしまわぬよう、又、他を力でねじ伏せて
まで排除せぬよう、何が一番いい方法なのかな~
って考えてみるのも大切ですよね!




350f4907.jpeg

※「活気あふれる日田祇園」はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/160/

拍手

今回のいい寺は・・・
夜明け前☆島崎藤村のふるさとです♪


DSC_0213.JPG

木曽の宿場町・馬籠は小説家・島崎藤村
生まれ故郷です。
今日はちょこっと歴史のお勉強です


0418e177.JPG

島崎藤村の先祖が馬籠の町を開き、
庄屋、本陣、問屋を代々務める名家でした



DSC_0248.JPG

小説「夜明け前」の中では、宿場の人々の暮らしや



26071e68.JPG

街道を行きかう伝馬や飛脚の様子が語られています

上方と江戸を結ぶ中山道



DSC_0436.JPG

「江戸で起きた事は上方より早く

上方で起きた事は江戸よりも早く」ってね

最新情報が馬籠に届いていました

わらじで走って足が痛くならないのかな??



66e56b6a.JPG

江戸時代の中山道は「姫街道」と呼ばれていました。

大きな川などの難所が少なかったので、東海道
比べて女性の利用が多かったそうです。

幕末に天皇の妹・和宮もここを通って徳川家に
嫁入りしました



75c601f4.JPG

妻籠宿で大名風呂を発見
東海道だけでなく、中山道も参勤交代
使われたのですねー



5e185527.JPG

幕末になると参勤交代が無くなり、幕府が国の
統治権を朝廷に返上しました(大政奉還)。

江戸を出て地方に帰っていく人々がたくさん
いたことでしょう。

街道の雰囲気や人の流れが変わっていきました


80099e07.JPG

世の中がガラっと変わっていくのに敏感だったのが
島崎藤村の父親でした



d3b365c6.JPG

父親は祖父の勧めで馬籠の麓、美濃の中津川で
平田派の国学を学びました

平田派の国学は、仏教や儒教の影響を受ける前の
日本固有の神を祀る精神に戻ろうという思想でした。

平田派の国学者は「王政復古」を唱え、この考えが
広まり人々は明治維新に向けて進んで行きました。



b07689f9.JPG

「明日、最も古くて(王政復古)、しかも最も新しい太陽
(明治維新)はその明日にどんな新しい古(いにしえ)を
用意してこの国の人々を導いていってくれるだろう。」
と藤村の父親は期待に胸を膨らませましたが・・・



0401b6b5.JPG

明治政府の「御一新」の方針により徳川の代に
築いたものが次々と消えて行きました



ca6e93fc.JPG

宿場の問屋の廃止、年寄役の廃止、
革新につぐ革新、破壊につぐ破壊

父親は、復古の大事業が始まったことを説き、
この改革の趣旨がもっと世の中を明るくするため
であることを村民に説きましたが・・・


451c7449.JPG

民意の尊重を約束して出発した明治政府でしたが
木曽の森林を国有化してしまいました

徳川時代には許された伐採を認めなかった
そうです

街道での収入を絶たれた村民の唯一の収入源
までも奪われてしまいました



7dd8a5d6.JPG

理想とした時代が到来すると信じた父親の
期待は裏切られ、この国の夜は違う方向に
明けてしまいました。



162edca5.JPG

「小さな水たまりに、大きな空をうつす。」

木曽谷で起きたことは、全国各地でも同じように
起こりました。

世の中が変わることは、良い事ばかりでは
ありませんね



13dac205.JPG

この変化は、文化や宗教界に大きな影響を
与えました。

西洋のものがどんどん入ってきて文明開化
起こり、神道を中心にした国づくりのために、
他の宗教を排除するという廃仏毀釈が行われ
大きな波が押し寄せました


26f4aba2.JPG

自分と違うところを認めるのって難しいのかな?




次は島崎家の菩提寺・永昌寺に行ってみます

拍手

今回のいい寺は・・・
恵那山を召し上がれ!!です♪



馬籠の旅人は考えました・・・

どうしてこんなに懐かしく感じるんだろうって

0099981b.JPG

こんなおばちゃんや


9417923b.JPG

ほっぺたの赤いおばあちゃんが

迎えてくれるから?



DSC_0225.JPG

をちょこんと持たされたおじぞうさま

ここを訪れた人が笑顔になればという
気遣いを感じますね



9060d640.JPG

ポン太クンや



DSC_0493.JPG

から笠がお似合いのおじちゃんに



dcf0cc76.JPG

柔らかい灯りで旅人を迎えてくれる宿



8cc4c90d.JPG

ここで心癒された旅人はたくさんいたことでしょう



DSC_0285.JPG

恋人も



9d4cd84d.JPG

家族も笑顔になっちゃう町



DSC_0457.JPG

馬籠にいる人みんなが最高の笑顔でした



偶然見かけた看板に書かれていた
キャッチコピーは「恵那山を召し上がれ

e46022c8.JPG

なるほどねー

窓の向こうは恵那山!!


DSC_0425.JPG

私が頂いたのは恵那山冷やしぜんざい

花もいいけど団子もね

散策の途中に爽やかな気持ちになれましたよ



36a240da.JPG

妻籠馬籠・・・似ているようでそれぞれに
魅力があると思いました。

妻籠はそこに暮らしながら守っている人がいて、
訪れた人の心に安らぎをくれる町。

馬籠はおもてなしの心で、訪れた人を
楽しませてくれる町。

そんな風に感じましたよ



4510cbf0.JPG

何度でも訪れたくなる町って
旅人を迎える側も楽しんでる町なんだろうな
って思いました



みなさんが見つけたとっておきのキャッチコピー
教えてくれませんか~??



なんだか心地いい町☆南木曽・妻籠はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/281/


妻籠の旅人・妻籠の住人はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/282/

拍手

≪  1  2  3  4  5  6  7  8  ≫
HOME
カレンダー
05 2018/06 07
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
[11/26 たけし]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
[08/16 ひまわり]
ブログ内検索
プロフィール
HN:
チエ
性別:
女性
自己紹介:
いい町.netのnetはネットワークのネット!
人と人を、人と地域をつないでいきたい♡
地域に根差したお寺の発掘も
いい町.netで人がつながっていったら嬉しいな!!


最新トラックバック
バーコード
フリーエリア
アクセス解析
忍者ブログ [PR]