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皆様のご無事、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
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今回のいい町は・・・
満月寺・浮御堂と源信です♪




歌川広重の近江八景のひとつに描かれる
浮御堂琵琶湖のシンボルとして人々に
愛されてきましたemoji

海門山満月寺浮御堂は、源氏物語に登場
する横川の僧のモデル恵心僧都・源信が建立
したお堂ですemoji

源信は「往生要集」の著者であり、浄土教学
の基礎を築いた比叡山の僧ですemoji



 


琵琶湖に突き出た橋を渡っていき、お堂の
反対側に回り込むと浮御堂の正面ですemoji







ここから拝むと、西にそびえる比叡山
西の彼方にある極楽浄土に向かって拝む
ことになりますemoji





現在の浮御堂は昭和12年に再建された
ものですが・・・





平安時代に源信が、琵琶湖の 交通安全、
衆生済度を願い建立し、自ら千体の
阿弥陀仏を刻んだと言われていますemoji
 


  


源信は7歳の時に父を亡くし、母に育てられ
ました

9歳の時に、是非僧侶になってもらいたいと
比叡山から使者がやってきて、母は悩みましたが、
源信を送り出すことにしました emoji
 
その後、成長を遂げた源信は天皇に評価され、
頂いた褒美の品を、手紙とともに母親に
送りましたemoji






しかし、母は
「あなたを出家させたのは、この世で苦しみ
迷う人々に生きる喜びの灯をともし、仏さま
の世界に渡してあげる役目になってもらえると
思ったからです

位が上がった、褒美の品を頂いたと自慢して
いるだけではありませんか」
と返信したそうですemoji






「よく頑張ったね」とわが子を褒めてあげたい
気持ちを押し殺し、
「有頂天になり、他人を見下すような僧侶に
成り下がらずに、どうか立派な僧侶になり、
後の世を渡す橋になっておくれ
と心を鬼にして褒美の品を送り返したのですemoji






母の戒めの言葉を心に刻んだ源信は、
比叡山で最も奥深い横川に住み、以後
その地を離れることなく多くの弟子を育て
数々の書物を残しましたemoji

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今回のいい町は・・・
近江八幡 日牟禮八幡宮です♪






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色付く八幡山へと上るロープウェイ
山頂からは滋賀の街や琵琶湖を一望することが
できます



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紅葉もいいけれど・・・
琵琶湖名物・わかさぎの天ぷらもおいしそう



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近江八幡といえば日牟禮八幡宮
近江商人の守護神として信仰を集めました



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日牟禮八幡宮は八幡山のふもとにあり、檜皮葺き
の拝殿が老木に囲まれて建っています



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江戸時代の初めには朱印船貿易で財をなした
商人が安南(ベトナム)渡海船額を奉納する
など、本殿には数々の近江商人が名を列ねて
います



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私も商売繁盛を祈願して手を合わせましたよ



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もちろん近所の方からも愛されている神社です



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近江八幡には1000年前から伝わる歴史的な
祭りがあります

13~15mの大松明に点火し日牟禮八幡宮
へと引きずり奉納します
その火の粉をかぶると、1年間無病息災
過ごせるといわれています




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また、この大きな太鼓をみんなでかつぎ、
「ドッコイサーサイ」の掛け声とともに太鼓を
鳴らして神社の参道を練り歩きます

直径2m、700kgの大太鼓を13組が奉納し
綺麗に決まると周囲から拍手が起こるそうです

迫力ある祭りを是非見てみたいですね

この豊作を祈る祭りは毎年4月14~16日に
行われるそうですよ!



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境内では七五三の行事があり、護摩木焚き上げの
片付けをされていました。

神社で護摩木とは珍しいような気がします。
昔は神も仏も一緒だったなごりでしょうか?



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もうそんな時間かと見上げると空がすっかり
オレンジに染まっていました
紅葉に負けないほどキレイな色でしたよ



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村の人々の心によりどころとして、長い歴史と
豊かな風土をみつめてきた日牟禮八幡宮

昔から変わらずに伝えられてきた祭りを代々
受け継いできた人々がいるのですね。

文化は伝え残す人がいないと残っていかない
ものだということをあらためて実感できた町でした

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今回のいい町は・・・
近江八幡とクラブハリエです♪


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近江八幡は全国から海外へと活躍の場を広げて
いった八幡商人のふるさとです。

彼らは、江戸時代に天秤棒を担いで全国行脚し
財を得ました



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商人屋敷の豪壮な建物が残る通りや、水運の要
として栄えた八幡掘など風情ある町並みを散策
することが出来ます~♪




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八幡堀は、琵琶湖を往来する荷船を寄航させる
ため、豊臣秀吉の甥である秀次が整えた全長
6kmの運河です
近江八幡が商いの町として繁栄する基盤となりました
この水路を多くの荷船が行き交ったのですね~
とても賑わっていたのでしょうね



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かつての生産地として知られた近江八幡には
近江瓦など国内外の瓦を紹介するかわらミュージアム
もあり、作陶体験もできますよ

瓦というと屋根の一部というイメージしかありません
でしたが、通路に埋め込まれた美しい瓦を目にし、
思いがけない素材の芸術に思わず見入ってしまいました



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大津の石山寺を出て向かった近江八幡
私が一番訪れたかったのは、和菓子舗「たねや」の
洋菓子店『日牟禮ヴィレッジ クラブハリエ』です



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暖かなぬくもりのある手作りの時間環境を大切
にするのが「村」です。
このような村のありかたと生き方を何よりも大切に
したいという思いから、日牟禮(ひむれ)の地を
選んだそうです




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大きな特徴はショップインファクトリーという形態を
とっていることです
工場が売り場というお客様と一体感のある店づくりを
されてきました。



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自慢のバームクーヘンは熟練した職人さんが一層一層
焼き上げるのでとってもしっとりふわふわです
クラブハリエファンの方もたくさんいらっしゃいますよね



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私は名古屋のB-studioでは手に入らない
フロマージュを購入しました
しっとりしていて絶品です



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近江商人のポリシーは
売り手よし、買い手よし、世間よし」でした

自分たちさえよければ、という考え方ではなく、
トリプルウィンを目指したのですね!

彼らは質素倹約の精神で全国を渡り歩いた
そうです



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この町が美しく見えるのは、水郷だけではなく、
時間が逆戻りしたような古い町並みが、かつて
ここで生きていた近江商人の暮らしや思い
感じさせてくれるからかもしれません。

ゆるやかに時間が流れる近江八幡

のんびりと黄昏時を過ごしてみてはいかがですか

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今回のいい寺は・・・
石山寺を愛したひとたちです♪


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秋が深まるこの頃、多くの人が紅葉を見るために
石山寺を訪れます



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重厚な造りの南大門をくぐると、見事に紅葉した
境内があらわれます

立派な造りの山門から格式の高さを感じますね

石山寺は西国三十三観音霊場の十三番札所です



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真っ赤に色付いた紅葉
苔むした茅葺きの屋根

秋の香る境内を散策してみました



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普段は非公開の公風園 白耳亭のお庭を覗いて
みましたよ

真っ赤なじゅうたんをゆっくりと踏みしめながら
歩いてみたいですね



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境内が紅く染まるなか、変わらずに癒し
カラーの水路を見かけました。

緑があるからこそ紅が映えますね



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さて、石山寺の由来となった珪灰石の岩山が
あります。
火山活動のなかで生まれた岩が境内の至る
ところに。



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珪灰石の岩山の上に建つ多宝塔は、現存する
多宝塔のなかでは一番古く、屋根の曲線が優雅で
建物の細工にも見とれてしまいました



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子どもが熱心に話を聞きながらお守りを選んで
いました
祈願のお寺として昔から人々の信仰が盛んで
その歴史は天平時代に東大寺の大仏造営まで
さかのぼります



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造営に必要な金を手に入れるために、この地に
聖徳太子の念持仏・如意輪観音を祀ったのが
はじまりだそうです

幸いにも陸奥国からが搬出されて願いが叶い
ましたが、観音菩薩が動かずに離れなくなって
しまい、観音菩薩を風雨から守るために造られた
堂宇が石山寺のはじまりです




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仏様は風雨から守られますが、建物は雨風にあたる
なかで苔むすととてもいい雰囲気になりますね



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観音堂をお参りし、西国三十三観音に手を合わせる人



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実は、平安時代には、宮中の女人たちの間で
観音堂に参籠し、読経しながら一夜を過ごす
ということが流行ったそうです



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後白河天皇以下歴代の天皇はこの玉座から
瀬田川の清流を見下ろしたそうです。
たくさんの人に愛された場所なのですね!


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俳人・松尾芭蕉もこの隣に庵を設け仮住まいとし、
多くの句を残しています



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そして、石山寺はかつて、紫式部が『源氏物語』の
構想を練ったとされる場所です

紫式部は新しい物語を書きはじめようとして、
石山寺に籠り観音菩薩にお祈りしていました

そして十五夜の月を眺め、十五夜の月のもとで行われた
宮中の管弦の会を回想する場面が描かれたのです



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石山寺の観音信仰は、紫式部や『源氏物語』とも
深く結びついているようです

かつてこの場所を訪れ物語を書いたという
紫式部を思いながら私も手を合わせました

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今回のいい町は・・・
景色は時代とともに・・・です♪


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滋賀県・大津にを探しに出かけました



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千二百年の歴史を刻む石山寺の門前を歩くと・・・
琵琶湖の水が穏やかに流れ込む瀬田川
見えてきました

真っ青な空が水面に映って爽やかさも2倍
ですね



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安藤広重が描いた近江八景の中にも登場します



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明治2年、琵琶湖に就航した蒸気船「一番丸」

東海道線開通に伴い、貨客船としての役目は
終えましたが、今も人々から愛されているようです



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瀬田川を目前に構える石山寺は、千年前に
紫式部が『源氏物語』の構想を練った場所と
言われています

また、“唐橋を制する者は天下を制す”と言われて
きた「瀬田の唐橋」は、天下をめざす武将たちに
よって熾烈な争奪戦が繰り広げられてきました



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遊覧船「一番丸」は千年前と同じ景色を届けてくれて
いるのでしょうか



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子供のころに見た風景や思い出の旅行写真を
何年かたった後、見返してみると・・・



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同じものを見ても、思うことや感じることなど、その時
には気付かなかった様々な感情が湧いてきたりします



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同じものを見ても、色々な角度からとらえることが
できたり、感動したり出来るのって、それだけ様々な
経験を積んでこられたということでしょうか。



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記憶や思い出はその人、その人の宝物ですね



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「この柿、顔に見えるね」

「ホントだ!笑ってるね」

そんな会話が聞こえてきました

誰の手も加えられていない自然の芸術を見て
素晴らしいと感じられるのは私たち人間も自然
の一員だからでしょうか



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季節の色の変化を肌で感じられる秋って
大好きです

変わっていく様がはやいので一日一日を
大切にしなくちゃって思わされますよね!

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