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今回のいい寺は・・・
細川家菩提寺・高桐院です♪


DSC_0833.jpg

楓の庭で有名な京都 大徳寺・高桐院
新緑の瑞々しさを感じさせる境内ですね
参道正面の中門も茅葺の屋根が苔むして、侘びた雰囲気を
醸し出していました。
禅宗は、自然と調和した素敵な寺院が多いですね。



DSC_0870.jpg

ここは細川忠興が父・幽斎の菩提所として関ヶ原の合戦
翌年に創建したお寺です。
武家社会では、各本山に塔頭寺院(菩提所)を創建する事が
一種のステータスでした



DSC_0922.jpg

DSC_0926.jpg

細川忠興は関ヶ原の合戦の功績により豊前中津藩
加増国替えとなりました。
そこで、九州・豊前中津藩に移る前に大徳寺に菩提所
造り、妻ガラシャの葬儀を行いました。

※中津市(大分県)から豊前市(福岡県)の山並みと山国川を
 撮った写真です

 両市の間を流れる山国川の上流には、耶馬溪青の洞門などの
 景勝地があります

 今は、大麦の刈入れ時です。
収穫した大麦は麦焼酎の原材料になります


DSC_0855.jpg

豊臣秀吉千利休に所望した春日灯篭
欲しいものは何でも手に入れようとする豊臣秀吉。
織田信長の妹・お市の方の娘・茶々(淀君)を側室に
した豊臣秀吉。
細川忠興は朝鮮出兵中に豊臣秀吉が妻ガラシャに手を
出さないかと心配で「気をつけるように」と手紙を
出したそうです

豊臣秀吉の欲深さが、夫婦の関係を壊してしまった
のでしょう。
細川ガラシャは大阪屋敷で、監禁状態の生活を
強いられましたね。

そして、関係を修復することなく、ガラシャは細川家の
ために命を落としました
細川忠興の悲しみは深いものだったでしょうね…




DSC_0901.JPG

豊臣秀吉が手にする事が出来なかった春日灯篭
細川忠興は、この灯篭を千利休から譲り受けて
妻ガラシャの墓にしました。

豊臣秀吉から妻ガラシャを守った思いが、この灯篭を
墓にさせたのでしょう。
しかし、彼女の心を守ることはできませんでした

その悔いからか、春日灯篭を常に近くに置いて、
行く先々にも持参したそうです。
形は変わりましたが、やっと本能寺の変以前のように
妻ガラシャと向かい合うことができたのでしょうね。

灯篭は細川忠興の遺言で夫婦の墓として高桐院に
祀られました。
あの世では、夫婦円満に暮らしたいと願って・・・



53009cc1.jpg

高桐院を訪れたシスターです。
夫婦の灯篭の前で観想していました

クリスチャン細川ガラシャは命を落とし、細川忠興を
目覚めさせましたね
夫婦の間にあった大きな溝を埋めることが出来ました。
そして、夫忠興の心に愛の種を蒔いたのでしょう

今、灯篭としてここに二人の墓があるのも、その結果
かもしれませんね。



DSC_0897.jpg

愛の殉教者、細川ガラシャ

大徳寺・高桐院の境内に墓所がありますが、こうしてシスターが
観想する姿を見ると、彼女への思いに宗教の垣根はありませんね。

歴史に翻弄されながら、今は静かに立つ灯篭・・・
お参りする私達にもキリストの愛を授けてくださるようです。


次は灯篭を細川忠興に託した《千利休》についてです♪



紅葉の季節の高桐院はコチラ

  いい寺★高桐院①
  e-tera.net/Entry/36/


  いい寺★高桐院②
  e-tera.net/Entry/37/

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Comment
>まめチャン♪
高桐院★
すっごく素敵なお寺でしょ~??
結構登場回数が多いよね(^皿^)

ガラシャは強い女性だったんだろうね。
私は愛する人の心を失ってしまったら生きていけないかも?!
でも辛いときにキリスト教とであったから、彼女は強く生きていけたんだろうね!
誰しも心の支えって必要だもんね!!
自分を支えてくれる全ての人に感謝しなくっちゃね(^o-)
チエ URL 2008/06/14(Sat)11:58:51 編集
無題
禅宗は、自然と調和した素敵な寺院が多いだね!!
素敵な話だね。あの時代に強く生きたガラシャの姿が心にジーンときました。。。
芯のある女性だったんだね。。。なかなか貫く事って難しいなかで切なくも貫き通した姿。。。私も見習いたいなぁ。。
まめ 2008/06/10(Tue)09:19:37 編集
>フォレオキさん♪
ガラシャが命を絶つことによって、失っていた夫婦の愛を取り戻す事ができましたね。
その証となる灯篭を観想しにシスターが訪れていました。

キリスト教を信仰している彼女達が禅宗のお寺の門をくぐり、こだわる事無く、こうして観想している姿に驚いたのと同時に、素晴らしいと思いました。
クリスチャンとしてのガラシャの心に会いに来たのでしょうね!!
チエ URL 2008/06/10(Tue)00:02:18 編集
>向日葵サン♪
いつの時代も女性は強いのでしょうか(^o^)v
最近は特に女性が強いような気がします(笑)
女性として、しなやかで、強く《自分というもの》を持って生きたガラシャの生き様はステキだなと思います!!
チエ URL 2008/06/09(Mon)23:26:40 編集
>yamatoサン♪
そうですね~!!
あの世では仲良く暮らしていることでしょうね。
そうであって欲しいと願います♪♪

篤姫など最近の大河ドラマも女性が主人公となっていますね★
女性の強さ、しなやかさについても勉強し、触れていきたいと思います(^o^)v
また色々と教えてくださいね!!
チエ URL 2008/06/09(Mon)23:23:50 編集
無題
忠興は武将である前に男をすてられなかったんでしょうね。引き換えガラシャは立派で時代に流される事無く自分を貫き、本懐といえる生き方で眩しいです (^o^)
忠興は人間らしくて現代に通じる女々しさが奥様が立派であるだけに、かわいい!と云うか悲劇的ななかにもほっとする物が
向日葵 2008/06/08(Sun)01:41:20 編集
無題
 昔から、女性はとても強いものでした。古くは卑弥呼に始まり、持統天皇、北条政子、戦国時代には、淀君、秀吉の正妻ねね、利家の正妻松、お一の方等々、どれをとっても大名に匹敵するほどの器量を持っていました。
家康が、女性を政治から遠ざけたのは、その怖さをわかっていたかららしいですからね。
 細川ガラシャは、悲しい運命に翻弄されましたが、辞世の句を見ればわかるように、彼女は彼女なりに武家の妻として愛する夫のために、精一杯の務めを果たしたのかもしれませんね。
 せめてもう少し、忠興の嫉妬心が弱かったらとも思いますが、ガラシャの死後、おそらく後悔の念に苛まれ続けたであろう忠興を、今更責めても詮無いことなのだと思います。
 せめて、あの世では、心穏やかに仲睦まじく暮らしていて欲しいと望むしかないんでしょうね。
 ほんと、人の心は難しくもあり、ですね。。。
yamato 2008/06/06(Fri)23:57:22 編集
悲しいけどステキな話ですね!
時代背景を考えると仕方ない事なんでしょうが、政争の具に家族を巻き込む事は忠興はとてもいたたまれない事だったでしょうね。
ガラシャ婦人もそんな中をよく、想いを貫いてきましたよね。

婦人が亡くなった後にその想いを感じつつ身近に心を留め置いたってくだりに、戦国に生きて家を守らんければいけなかった名門、細川家の当主の苦悩と夫人への愛情を感じます。
側室を置いた事にも後悔したんでしょうね。
なんか、せつなさを感じつつも、美しい夫婦愛も感じる史実ですね!
願わくば、生前にそういう意思を表して欲しかったと思いました。

しかし、ガラシャ婦人は宗派を超えて信仰を通じた素晴らしい生き方を教えてくれました。
今日も、いい記事をありがとうございました。
ポチ!ってポチはなかった(笑)
フォレオキ 2008/06/05(Thu)03:32:33 編集
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