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今回のいい寺は・・・
高桐院★千利休とファッションについて♪


DSC_0887.JPG

京都の寺院では、和服で訪れている方をよく見かけます。
さすが京都は和の都



DSC_0912.JPG

高桐院の本堂前でたたずむ着物姿の女性
本堂の影、毛氈の赤、庭の緑が着物を引き立たてますね
この庭にも千利休から譲り受けた春日灯篭があります。


DSC_0853.JPG

千利休豊臣秀吉が欲しがりましたが、灯篭に傷を付けて
天下人に似合わぬ」と断りました

しかし、ただ断るためだけに灯篭をつけたのでしょうか…
その後に譲り受けた細川忠興も傷を付けて《欠け灯篭》と
名を付けました。

商売では、商品に少しでも傷がついていたら欠陥商品
扱いされて返品か値引の理由になりますね。

それをあえて傷をつける理由とは・・・

千利休が求めた美の世界とはどんなものだったのでしょうか。


DSC_0905.JPG

高桐院の本堂の裏、千利休が建てた書院《意北軒》です。
この建物で欠け灯篭の《意》を探ってみたいと思います



DSC_0876.JPG

この建物は千利休の邸宅を移築したといわれています。
建築当初から土にイカ墨を練りこんで煤けた壁に仕立て、
その壁に雨漏りのにじみや、板張りの痕を見せて古びた風情
したそうです。

新しさと古さという対照的なものが共存する空間

千利休はこの部屋に時間を塗りこんだのかもしれませんね。
今見ても、ただ古くなった建物とは雰囲気が違いますね。

千利休は欠け灯篭やこの書院のように、完成されたものや
華やかなものより、朽ちたものや、足りないものを好んだようです。

これが千利休の《》に対しての考え方なのでしょう。
千利休の懐の深さや、遊び心が見えてきますね。


そういえば、私達も遊び心のあるファッションを楽しんでいますね。

DSC_0161.JPG

今から30年前、ドイツ・ケルンの見本市で脚光を浴びた
ジーンズがあります。
ストーンウォッシュ・ジーンズ》です。
鹿児島産の軽石とジーンズを洗濯機に入れて回す
ことにより、新品ながら履きこなした味わいを出すことに
成功して新しい流行を生みました


DSC_0170.JPG

その後、履きジワや、バーナーで焼いたりかぎ裂き
つけたりしたダメージデニムへと変化していきました。

DSC_0165.JPG

DSC_01642.jpg

最近のデニムはペイントが施されたデザインも
よく見かけますね。

千利休のお茶デニム・・・
時代が異なっても共通するところがありますね



DSC_0469.JPG

金閣寺でも着物姿の女性を見かけました
京都を訪れると私達が忘れかけている和心に出会うことが
できますよね。

京都の寺社仏閣には全国から、海外からたくさんの観光客が
みえます
京都には今に通じる文化が息づいていますね。

次は寺町を散策してみます

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Comment
>まめちゃん♪
古きも新しきもどっちもステキだよね!
特に千利休は侘びたものの中にある美しさがスキだったんだと思う!
私も今まではモダン建築にしか興味が無かったけど、こうやってお寺めぐりをしていたら、石段のキレイな苔とかね、歴史を重ねてきたって感じの木の屋根とかを見て《いいな》と思えるようになったんだ!

着物を着る機会ってホントなくなっちゃったよね。。。
おばさんが呉服屋だから、いっつも着物を着ているのね!
だから素敵だなーっていつも思ってるんだ♪
京都着物デート★もいいね♡
チエ URL 2008/06/14(Sat)10:45:03 編集
>なおサン♪
全く同感です。
私も薬師寺が再建してなかったら、心の中でいにしえのロマンを感じる事が出来たかもって思います(≧з≦)
目の前にあるもの、そのものだけが現実になっちゃうけど無ければ、自分の心の中でイメージをふくらませる事が出来る…∞♪
そんな感じがします(^o^)v
チエ URL 2008/06/14(Sat)00:58:12 編集
>yamatoサン♪
秀吉は物で人の心をつろうとしたのではないでしょうか?
離れていったまわりの人の心を引き寄せたかったのでしょう。。。
でも物は物、たとえ価値のある貴重なものを持っていたとしても無意味だったのではないでしょうか。
私は茶人としての利休の心を受け継いだから、その証として同じように灯篭にキズをつけたのだと思います。
形あるものはいつかなくなるというその無常観を受け継いだつもりで傷つけたのではないでしょうか?
世の中ははかないものだという事でしょうか。
利休は新しいものは必ず変化すると思っていましたね。
朽ちたり、欠けたり、壊れたり、無くなったり。。。
灯篭だっていつか傷もつく。
わざと欠かすことによってその意を表したのでしょうねー。
秀吉だっていつまでも権力の頂点にいるわけではないよと示したのかもしれません。。。
あげたくないってのもあったのかも…それが欠かした本来の意図だったかもしれませんけどね(^o^)
チエ URL 2008/06/14(Sat)00:48:13 編集
>向日葵サン♪
天下人になるまでは、秀吉も周りの人達と心がひとつだったと思います。
天下を取ろう!とみなで団結していたのではないでしょうか?
しかし、天下人になり、秀吉が自分の力を示そうとした時には、周りの人の心は離れていったのでしょう。。。
その離れた心を自分に引き戻そうとしたのが、黄金の茶室や北野大茶会だったのかもしれません。
だから、北野大茶会では、手前する人と飲む人を身分関係なくくじ引きで決めたのだと思います。
みんなの心がひとつだった時を思い出すためのものだったのかもしれない、なんて思ってしまいます(^o^)
彼自信も分かっていたことを、千利休に言われてしまったから、余計に腹が立ったのかもしれません。
その意地が邪魔をして、結局千利休と仲直り出来なかったのかな?
意地を張る秀吉の心を解きほぐしてあげられたら良かったのに、大徳寺山門の一件が秀吉の心を逆なでする形となり、悲劇的な結末を迎えることになってしまったのでしょうね。
秀吉と千利休についてはまた記事で触れたいと思います♪
チエ URL 2008/06/13(Fri)22:54:31 編集
>フォレリキューさん♪
千利休は信長死後、秀吉の茶頭でしたからね!
権力者相手といえども、茶の湯の世界では師匠だった?!

千利休は簡素な道具と装置で茶を点てることこそが茶の湯だと考えました。
広い書院で中国製の高い道具を使って点てる豪華な茶の対極を目指したのです♪
左右対称で完璧な形の中国製のものに比べて、自然に近く『侘びた』姿のもの。
ゆがみやひびなども美しいとして、茶室もそんなセンスで作りたいと考えたようです。

堺に生まれた利休★
「壁も上塗りせんで、下地のままにしとく。
 作りかけのように見えるんがおしゃれやねん!」

「開口部は漁師の家のように小さなにじり口から入るとしよう。
 頭を下げんと入れへんやろ、ふふふ。」

「柱は細くて、皮が付いたままの自然な雰囲気のもんがええな。
 曲がったもんも風情がある。
色々な木を取り合わせたらおもろいやん♪」


なんて言ってたかどうかは分かりませんが(笑)


ところでサービス業でビリビリデニム。。。
そうですね!
自分ではファッションなんだ~と思っていても、接客を受ける側からの印象は必ずしも「オサレだわ~」ではないでしょうね!
むしろ「だらしない」と思われてしまうこともあるでしょうね。
服装は清潔感のあるものが良いと思います(^o^)v
チエ URL 2008/06/13(Fri)22:43:52 編集
古きも今も。。。
(´^ิ ౪ ^ิ)モフ♡寺町の記事から読んでコメント書いてしまったんだけど、ここでちえちゃが書いてることを寺町の記事でも感じたんだよね。
新し物だけが良い!華やかなものが良い!と言う訳ではなく。。何か。。。。。。←この。。。の部分に魅力を感じた人が利休だったのなって私も感じたよ。
着物を着る機会って今は全くなくなっちゃったけど、私も無性に着物が着たいなって思うときがあるんだよね。。。着物もまた素敵だよね!和心。。。いいねぇぇ
ココに来てまたそう思えたよ!
まめ 2008/06/10(Tue)09:10:16 編集
利休と秀吉
利休と秀吉の関係は色々憶測を産んでますよね。でも、末期の秀吉は人間としてどうだったのでしょうか?天下人となる前の成り上がる前の人間的な秀吉から天下人となってからの権力への執着心ありありの秀吉に利休は迎合できなかったのでしょうね。利休は力では動かせない物があると言うことを言いたかったのかもしれませんね。
灯籠も利休は権力欲に満ちた天下人にはこの灯籠は似合わない、あるべき姿であるべき所にあるそういう美の世界感を言いたかったのではないでしょうか。灯籠は金ぴかの秀吉の美学ではあるべき必然性が無いということでしょう。奈良の薬師寺私はあそこを美しいとは思えないのですよ〜。伽藍のほとんどを復旧する際に朱塗りの金ぴかにしているのですが、違和感があるのですよ〜。時間が加えた美しさ、古い物と新しい物が混在して調和が取れていない、利休はわざわざイカスミを使って古い質感を出し、調和を取る。そういう、美が有ると思います。残念ながら薬師寺の再建にはそれが感じられないのです。
なお 2008/06/09(Mon)23:24:22 編集
無題
なるほど、ちえさんにかかるとダメージジーンズも、わびさびになるわけですね^^

利休が灯篭を傷つけたのと、忠興が傷つけたのとでは、意味合いが違うのではないかと思います。
利休は、何でも思いのままにできると思っている秀吉に、意見したかったんじゃないでしょうか。利休にとっては、心こそが大事なのであって、どんなに大切なものでも、物は物、それ以上ではなかったはずです。忠興の場合は、本当に誰にも渡したくなかったんじゃないでしょうか。きっと、それほど利休に心酔していたんだと思っています。
 まぁ、これは私の勝手な推測ですけどねぇ。
yamato 2008/06/09(Mon)01:13:19 編集
無題
私も茶道をしてますので、利休の心は感じます
藤原氏が権勢をふるい「望月の・・・」と詠ったように、秀吉は金の茶室でも不安だったんでしょうね、そして解っていたと思います。時間を時代を超えてそこにある物の存在感、揺るぎない価値観はどんなにしてもかなわない事を。だから許せなかったんだと思います、茶人の切腹など考えられないし秀吉にしても許しを請うてきて欲しかったし、来ると思っていたのでは・・・
m(_ _)m何時もの脱線と思い込みですね
向日葵 2008/06/08(Sun)01:59:33 編集
そうだったんですね!
千利休が華やかなものより朽ちたものや足りないものを好んだとは知りませんでしたね・・・
だったら、超、ド派手好きの秀吉とは相容れぬものがあってもおかしくないですよね。
でも、利休は時の絶大なる権力者に対しノーはノーと言った珍しい人物ですよね。
文化人だったからでしょうかね!?

当時のお茶は権力者の社交の為に必須のものだったと聞いた事がありますが、その頂点に立っていた利休は文化人ながらも結構な権力(影響力)を持っていたかと思います。
なのに・・・それは、彼が真の文化人たる所以だったって事なんでしょうかね・・

ストーンウォッシュジーンズもそういうものにかぶってる部分はあるのかもしれません。
ただ、たくさん破れたジーンズをサービス業の方が仕事で着てるのは「マナー」が悪いって思います(話とは関係ないですが(笑))

華やかさや完全でないものは確かに現代にもたくさん生きづいています。
文化って、人間が自然に希求して広がり、変化し、定着していくものなんでしょうね。
フォレリキュー 2008/06/07(Sat)12:24:04 編集
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