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今回のいい町は・・・
東京のお伊勢さん☆東京大神宮です♪


DSC_0502.JPG

神社にお参りすると、心が清らかになり、その
土地のパワーをおすそわけしてもらえます

何かにつけてお参りするといいですね



6b6f163e.JPG

江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯を
かけての願いでした
明治の新国家が誕生すると、東京における
伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に祀られました

関東大震災後には飯田橋に移り東京大神宮として
東京の人々から親しまれています



d8d867e5.JPG

人生で最も重要な儀式と言われる結婚式

昔は挙式は各家庭で行うのが通例でしたが、宮中の
歴史において初めて皇居内の賢所(神前)で行われた
大正天皇のご成婚の慶事を記念して、東京大神宮
では神前結婚式を創始したそうです

神前で厳粛かつ神聖な儀式を行うことは、画期的な
できごととして人々の関心を集めました



c07756ad.JPG

晴れ着姿の女の子を見かけました



8e830e00.JPG

11月15日に、3歳になった男女、5歳になった男子、
7歳になった女子の成長を祝って、晴れ着を着せて
氏神を祀っている神社に行き、お祓いを受ける行事
七五三です


660f93cd.JPG

昔は正月の吉日か、誕生日などに行われましたが、
江戸時代に徳川綱吉の子どもである徳松君の祝い
を天和元年11月15日に行ったことから、以後、この
日になったといいます

武家社会では、3歳になると男女ともおかっぱ頭から
髪結をする「髪置きの祝い」をしました
また5歳になると、男の子に初めて袴を着せて碁盤
の上に立たせる「袴着の祝い」が行われ、7歳になった
女の子には、それまで帯の代わりに付けていた紐から
初めて帯を結ぶ「帯解」「帯直しの祝い」を行ったことが
七五三の原型と考えられています



DSC_0529.JPG

また、かつては「七歳までは神のうち」と言われるほど、
7歳までの死亡率が高かったことから、7歳まで無事に
生きてきた子どもの成長を氏神様に見せて感謝する
意味もあったということです

ところで、七五三に欠かせない千歳飴は、もとは江戸の
浅草寺境内で売られていたものが、全国的に普及した
ものだそうですよ~



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縁結び、家内安全、商売繁盛、開運厄除、
交通安全、学業成就・・・

何をお願いしたのかな



DSC_0541.JPG

日本人は季節の節目だけでなく、年齢に応じた
人生の節目、節目を大切にしてきました

子どもが成長し、大人になるための通過儀礼
として、七五三成人式(元服)などがあり、また
長寿を祝い、年長者に敬意を表する意味で、還暦
古希のお祝いなどを行ってきました
 


DSC_0532.JPG

さまざまな伝統、習慣が忘れられゆくなかで、
そこに込められた意味をもう一度見直し、
日本人の豊かな人生観を思い返していきたい
ものですね

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Comment
ひまわりさん♪
東京大神宮はお友達に教わって
行きました^^

私も七五三で着物を着せてもらった
ことを思いだしましたよ~!
大人になると季節ごとの行事が
なくなりますね~
子供の頃は菖蒲湯に入ったり、お月見したりと家族で楽しんだ覚えがあります。

ひまわりさんは季節を大切にしていらっしゃいますからね^^

あっクリスマスは大切にしていますが
日本の文化ではなかったですね~@@
チエ URL 2009/12/15(Tue)15:12:17 編集
なおさん♪
なるほど~~~~
「氣」ってなんだかとってもおもしろいですね!!!!

大切にされてきたんですね~
なおさんのコメントとても勉強になりましたよ^^
ありがとうございますm(。。)m
チエ URL 2009/12/15(Tue)10:12:09 編集
お江戸は・・・
明治神宮は明治天皇をお祭りしていますね
神社の前はお参りする人の往来で賑わい、自然に街が・・・神宮前や表参道は明治神宮からできた町ですものね!

七五三かわいいですね!
私の田舎では、女の子は13になると大人の仲間入りで「13参り」をするのが慣わしでしたよ
着物も四身から、本仕立てで作ってもらい遮那紗那と大人ぶってお参りした覚えが・・・

職場近くには虎ノ門神社が・・・
跡でTBしますね
ひまわり 2009/11/11(Wed)13:15:55 編集
日本の都市計画
神社に行くと土地のパワーが貰える実はその通りかもしれませんよ。さすが、チエちゃん!
平安京以降の日本の都市計画には風水の建築学で築かれているそうです。
土地の気は龍脈という気の流れ(全地球規模)に沿って山から噴出し平地にある龍穴で地にもぐっていくという考え方です。
平安京は鞍馬山から噴出し、平安京の中心であった太極殿に流れ込むということでそのパワーを増したり、都市を守る位置に寺院や神社を設けたそうです。
西寺が消失し、太極殿が消失し現在の御所が違う位置に建設されたことや、京都の町が拡大した時点で京都御所が街の中止ではなくなったことからパワーが落ちたそうです。
江戸、東京はどうかというと、日本で一番の気の噴出し口富士山の気が高尾山を通って旧江戸城に流れ込んでいると言う事です。
また、江戸城を守るために日光東照宮の位置や久能山東照宮の位置、芝増上寺の位置、上野寛永寺の位置が決められているそうです。
明治になってもこの防御線が崩れていないので、関東大震災、東京大空襲などの災いを経ても首都である、今の東京の繁栄があるようです。
東京大神宮は江戸時代も今も江戸城の城郭内に位置しています。このため、地のパワーが高く訪れる人にパワーを与えているのかも知れませんね。
日本の寺社仏閣はこのような考え方で平安の昔から設けられていたのですね。
それに、七五三や成人式が人生の節目を祝ったりする儀式が風習として伝わっていますよね。今になってはその由来や意味合いは薄れてしまったのですが、この記事を見て自分の身の回りの風習などがどういう起源があるのかとか、ちょっとした神社や寺院の位置についても由来があると言う事再認識しました。こういうことを振り返るのも良いかな、面白いかな、日本古来の物の考え方とか知るのも良いですね。
なお 2009/11/05(Thu)11:15:41 編集
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