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今回のいい町は・・・
強く生きる中村久子さんです♪


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高山は観光地として四季を通して多くの人が訪れます

昔は天領の中心地として職人が住む町でした。



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生きていくために誰もが必死だった時代に、
中村久子さんも家計の足しにと裁縫の内職をしました。

ただ、内職がお金にならないことから、義父は久子さんを
厄介者として扱いました

家族には久子さんを支えるゆとりもなかったのです。


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ある日、そんな久子さんに見世物小屋の住人になる
誘いがありました。

不自由な体でも家事全般ができる技を披露する話
でしたが・・・

それは客に自分の姿をさらけ出すことだったのです



294d362a.JPG

女性としても、育ててくれた家族に対しても大変悩み
ましたが、

「私が家にいなければ母の気苦労も去り、巡業中
に別れて、行方の知れない弟に再会できるかも」
と考えて見世物小屋の住人になる事を決心したそうです。



3f515c5e.JPG

周りの反対を押し切っての旅立ちでした

家を出て4日目に名古屋へ到着し、大須の宝座で
手足の無い達磨娘」として興行に参加しました。

自分の姿を公衆の面前にさらす恥ずかしさは相当な
ものだったでしょう。

久子さんは見世物小屋の主人や周囲の温情に助けられ
ながら巡業の生活を送ったそうです



42f218e1.JPG

ある日、久子さんは巡業先で弟がいた育児院の方に
会いました。

そこで弟の所在を教わり、手紙での再会を果たす
ことができました

姉弟は手紙の上でようやく肉親の情愛を交わしました。

「私が一人前になったら姉さんを引き取って
お世話しますから今しばらく辛抱して下さい」

久子さんは手紙を抱えて、涙したそうです
姉弟のをしっかりと感じたのでしょう。




621be301.jpg

故郷を出て5年目、母が大病を患い帰郷の催促が
ありました。

しかし久子さんは巡業を途中でやめるわけにいかず、
僅かながらの見舞金を送り、帰郷の遅延を侘びました

そこへ突然「弟が危篤」という知らせが届きました



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驚いた久子さんは明け方一番列車に乗って弟の
元へ向かいました

幼いときに別れて以来の再会です。

しかし、弟は病気のために目が見えなくなって
いて、姉の姿を見ることが出来ませんでした

悲しみの中での最愛の弟との再会に胸が張り裂け
そうになり、暫く涙も言葉も出なかったそうです。



05d9f15a.JPG

弟は姉の顔を一度見たいと懇願しましたが、願いは
叶うことなく久子さんが巡業へ戻った数日後に息を
引取りました

数ヶ月後に母も弟を追うようにこの世を去りました



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孤独の身となった久子さんでしたが、巡業仲間の
男性と所帯を持ち小さな命を宿しました
 
子供が生まれた時
私のような体にも、人並みに母の喜びを与えられた
と喜んだそうです



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しかし、久子さんの幸せは束の間のものでした
 
夫が病気で倒れ、久子さんは見世物小屋から
独立し、夫の看病をしながら巡業を行うことに
なりました。



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そんなときに祖母が危篤の知らせが
 
高山に戻ってみましたが、親類や周囲の冷たい目を
感じたそうです
 


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大変な時には、大変な事が重なります
 
帰郷中に関東大震災がおこり夫が横浜で被災して
しまいました
なんとか焼け跡で生きていましたが看病のかいなく
夫は亡くなり、前後して祖母も息を引きとりました
 
それでも久子さんには悲しんでいる暇がありません
 
生活のため、興行を続けていくために再婚しました
 
翌年に次女が生まれましたが、またまた不幸が久子
さんを襲ったのです。
再婚した夫が急性脳膜炎で亡くなってしまいました。
 
一人で興行はできないため三度目の結婚をしましたが
今度は放蕩もので女、酒、勝負事に明け暮れて
興行の収入にまで手を出す厄介者だったのです
 
そして、二人の間に産まれた三女も麻疹で亡くして
しまいました
 
障害による不幸より、もっと大きな人生の不幸が続き
自分の運命に「これも宿業か・・・」と悩んだそうです。



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しかし、生きる力は確実についていました
 
それは、久子さんの母親と同じように強い力
なっていました。
 
興行を行う為に8年間連れ添った夫と別れ
一人で生き、夫の連れ子2人と実子2人を養う
決意をしたのです
 


img-312122634-0001.jpg

そんな久子さんに本当の幸せが訪れました
 
生涯を共にする夫、中村敏雄氏と出会ったのです
久子さんは「中村久子」として一生を送ることが
できました
 
久子さんは生きる糧とした小屋をたたみました
 
そして、彼女は自分の幸せだけでなく自分と同じ
苦しみの中にいる人々の為に立ちあがりました
 
誰もが経験したことが無い人生を歩んだ久子さん
だからこそ皆さんの大きな励みになったと思います。

久子さんの笑顔に多くの人が救われたのでしょう

私も久子さんのことを本で知り、是非もっと知りたい
と思い高山を訪れました

自由で楽しい社会を求めて発展してきた日本ですが
まだまだ色々な問題があるように思います
まず一歩を踏み出さないと始まらない事も
たくさんあるでしょう
「人生、山あり谷あり嵐でも歩んでいける
そんな自信を久子さんからいただいた様な気がしました

いまの時代だからこそ沢山の人に
中村久子さんの事を知ってもらいたいですね
私も素晴らしい女性に会えてよかったです

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Comment
ひまわりさん♪
いえいえ こちらこそお返事も遅くて
訪問もままならずスミマセン!!

中村久子さんご存じだったのですね!

私は最近知りました。

生きるってなんだろう 

なんて考えてしまいますよね・・・

さ~自分にできることを確実にやって
いきますかね~^^b
チエ URL 2010/06/13(Sun)23:12:08 編集
なおさん♪
自分が久子さんの立場だったら
こんなにも強く生きることができたでしょうか?

久子さんはたくさんの人に勇気をくれますね。

高山といえば中村久子さんですから^^
チエ URL 2010/06/13(Sun)23:10:16 編集
神様ですね!
全てではないですけど、少し知っていました。
卑屈にならず真っ直ぐに生きて・・・
最近、幼児虐待が問題になっていますけど,ご家族の深い愛情があってのことなんでしょうね。
人として、私達に「生きるとは」ただ毎日を一生懸命与えられた命を尽きるまで生き抜くことだと教えられた思いですね!

友人の家族にも全盲の妹さんがいますけど、家族が彼女をかばうことなく、一人の人して扱い、尊重している姿をみていると「五体満足」って何だろうと思ってしまいます!
改めて自分のあり方を考えさせられました。
姫、ありがとう♪

最近、超多忙で・・・ごめんなさいね♪
ひまわり 2010/03/15(Mon)16:33:20 編集
すごい人生ですね
久子さんの人生凄いですね。苦難というにはあまりに過酷、壮絶です。自分に置き換えるにはあまりに凄すぎて想像を絶してしまいます。
最後は幸せそうな写真でほっとしましたが、人生をあきらめず、生き抜いたその不屈の精神力には頭が下がるとしか言いようが有りませんね。
チエちゃんすばらしい話ありがとうございました。
なお 2010/03/15(Mon)14:23:18 編集
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